01

 オーストラリアの夏、照りつける太陽に皮膚を赤らめながら、蜃気楼の中を急ぎ足に歩いていた。―レイチェル十六歳の夏である。

 レイチェルは、オーストラリアに二つ離れた姉と優しい両親に囲まれ、大切に育てられ、美人で聡明に育った。姉のリリアンがオーストラリア首都付近にある大学に通っていた頃、レイチェルは学校に通いながら、農家である家を手伝っていた。休日である今日の暑さにとどまることを知らない汗を拭いながら、レイチェルは、水を飲もうと手伝っていた土地から六百メートル程先にある家へ向かっていた。
「リリーが私ぐらいの時には、こんなことさせてなかったのに・・・。」
 何でも卒なくこなす姉のリリアンは、両親の深い愛情を独り占めしていた。体があまり強くなかったこともあって、農家の力仕事を手伝わされることもなかったリリアンへの、小さな嫉妬。自分より美人で人付き合いが上手いため、自分の好きになった男性全てがリリアンを好きになる。姉への嫉妬が積み重なり、ついにレイチェルの劣等感は爆発し、久しぶりに家に帰宅した姉と喧嘩したまま姉が大学の方へと帰ってしまってから、一週間が過ぎようとしていた。

 虫の居所が悪かったレイチェルは、リリアンが部屋に入ってきた時、
「ねぇ、これ似合うかな?」
 と聞くリリアンに、我慢ならなくなってしまった。―貴方にはなんだって似合うじゃない!私を馬鹿にしてるの?と。リリアンの言葉は鋭く尖らせた神経に触ったのである。
「いい加減にして!!私は、私は、リリーみたいにお洒落する時間もないのに、リリーはいつもいつも!なんでそうやって私を惨めにさせるの?リリーなんて嫌い!」
 殆どがレイチェルの八つ当たりだった。リリアンは怒鳴ったレイチェルに驚いた後、酷く悲しい顔をしてごめん、と謝った。
「もう、出てって」
 罪悪感からか、まともにリリアンの顔を見ることも出来ず、視線を落としたまま声を絞り出した。リリアンは尚も悲愴的な表情で、静かにレイチェルの部屋を後にした。まるで被害者のような顔をする所にも、そそくさと大学の方へと逃げるように帰っていった所にも、嫌気がさした。―あれほど嫉妬し嫌悪した姉はもう家にはいないのに、何故か胸焼けのようなものが消えずにいた。

 レイチェルは家に着くと喉を一刻も早く潤そうと冷蔵庫へ走った。キンキンに冷えた水を取り出して、喉を鳴らしながら飲み込んだ。
―プルルルルッ、プルルルルッ。突然の電話の着信音に急いで受話器をとる。
「はい?」
「こちらオーストラリアの○○病院ですが、―…」
「はい、はい―…」
 意外とレイチェルは冷静だった。実感がないせいだろうか、電話の向こうで姉の死を伝える病院の人の声が心地の良いものにさえ感じられた。

 リリアンの葬式が始まった。まだレイチェルは実の姉が死んだという事実を何処か遠いものに感じていた。あの綺麗な姉の安らかな寝顔を見た時、やっと彼女の死を認識した。レイチェルは、胸焼けが酷くなるような妙な罪悪感に駆られていた。
「嫌いなんて言ってごめんなさい…本当は羨ましいだけだったの、だからいつもの綺麗な声で私を呼んでよ。綺麗な瞳で私を見てよ。お願い、謝る前に死なないでよ、まだリリーには言いたいことたくさんあるの…」
 参列している人の中でも一際目立つ顔立ちの男の人がいた。目や髪の色素が薄く、地元の人間ではないだろうと思った。誰なのだろう。一つ分かるのは、リリアンのことが好きだった男だというとこだけだった。


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