02

 カルティーノは、母親が重傷を負ったという十歳程の女の子の心理セラピーにあたっていた。このようなテロの記憶は、彼女の記憶から消えることはないだろう。今後彼女の心に残る傷が少なくて済むように、カルティーノは慎重に被害にあった人々のカウンセリングを行うのである。
「ねぇ、ママは平気なの?」
 少女は眉を下げ、不安そうに訊ねる。
「君はお母さんが大好きかい?」
 少女はコクリと頷く。
「それなら平気さ。その気持ちがあるなら、神様はきっと君の味方をしてくれるよ」
 カルティーノは、柔らかな笑顔で少女に言う。少女は目に涙をためながら、安心したようにほっと息をついて、カルティーノに礼を言った。
「君に歌を歌ってあげるよ」

  **

 カルティーノには、歌を歌うことで人の心を癒せる能力があった。カルティーノは物心ついた時からずっと、歌を聴いて歌うことが何よりも好きだった。カルティーノの家は母子家庭で一人っ子だったが、それなりに幸せに暮らしていた。―だが、そんな幸せも長くは続かなかった。六歳の頃、母親の交際相手が薬物中毒であり、母親も違法薬物に手を染めた。カルティーノ自体は違法薬物に手を付けることはなかったが、薬の作用でおかしくなった母親からの暴力、罵倒でカルティーノはいつもボロボロだった。男に捨てられた母親は薬物をやめることが出来ずに闇金に手を染めてまで薬物を買い付け、身体を売って金を返し、また借りてという悪循環に陥っていた。カルティーノはどんどん見窄らしい子供になっていった。

 ある日の夜のこと、カルティーノの母親はヒステリックになりながらカルティーノの首を締めていた。カルティーノはもう、抵抗はしなかった。諦めていたのである。抵抗しても母親は薬物をやめることはできない、僕を見てくれない。
(…僕はただ、お母さんと歌を歌って幸せに暮らしたいだけなのに)
 意識が薄れて死を確信した時、カルティーノはか細い声で歌を紡いだ。その歌は、母親とよく二人で歌った童謡だった。昔紡がれたその歌と、今カルティーノが途切れ途切れに吐く歌との違い、それは―怨恨だった。大好きな母親を変えてしまった男への、不条理な世界への、自分を見てくれない母親への―憎悪。
途端に、カクリと力を無くしたように母親は床へと倒れていった。
「お母さん…?」
 ゆらゆらと揺すって見ても、起きる気配はない。心臓の動きが激しさを増すのを感じながら、母親の脈をとる。
 ―死んでいた。
(僕が歌ったから・・・?)
 カルティーノはこの時、自分の能力で人の命を奪いうるのだと初めて気付いたのである。カルティーノはその後ヒステリックを聞いた近所の住民の通報のおかげで、警察で保護された。母親の死因は薬物乱用によるものだと判断された。


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