05

 鋭く尖っていたはずの金属片は、無惨にも潰れ形が変わっていた。蝶子は無傷だった。金属片が蝶子へと向かう前に、ローゲンは蝶子の前へと立ち、庇うように背中へと隠した。ローゲンのスーツは破れて、その切れた布の淵から覗く―金属の光沢。
「!?」
 佐藤あいかは、戦慄した。ローゲンの体は、金属と化していた。自分の能力が弾き返され、為すすべもなく立ち尽くす。
「生憎、俺の能力にお前の金属片など効かない」

  **

「対人、対能力者ではガンダルさんが一番強いが、対武器に関してはローゲンが一番だ。ローゲンは自身の体を、単体では最も硬い金属とされるタングステンへと変えることができる」
 心配そうなレイチェルに向け、自信たっぷりに語るスティーク。レイチェルは、そのスティークの左目の眼帯の下に微笑む瞳を見た気がした。
「つまり、今回に関してはローゲンさんは無敵なのね」
「ああ」

  **

 堂々たる出で立ちでローゲンは蝶子の前に立ち、鋭い瞳で佐藤あいかを睨んでいる。静かに鼓膜を揺らす風の中で、ローゲンもまた静かに口を開く。
「お前が蝶子を殺したとしても、ここの連中が本気でかかれば、お前など今頃屍となっているはずだ。…上には上がいる、覚えておけ」
 百八十センチを超える巨体から見下され、ただならぬ殺気と共に体全体に十倍の重力がかかったように、佐藤あいかは膝から崩れ落ちる。その目は見開かれたまま、肩を震わせている。蝶子はローゲンの背中越しに、佐藤あいかが崩れ落ちる様子を見ていた。
(正直、ローゲンさんだけは敵に回したくない―…)
 そう思えるほどに、ローゲンの見えない圧力が蝶子にも伝わる。
「私はただ、ただ…お父さんに生きてて欲しいだけなの…あの人のために、私が一番になりたいの、せめて…」
「だから、蝶子を殺すのか?」
 いつの間にか来ていたウィリアムが、問いかける。
「お門違いにも程があるネ。お前の父親はそんなことされても嬉しくないはずヨ」
 ウィリアムと共に来たロンショウも、刺々しく言い放つ。 そんな二人を見た後、蝶子はローゲンの背中から顔を出し、佐藤あいかへと近づく。ウィリアムは止めようと声をあげようとしたが、ローゲンは無言で手を伸ばし制止した。―案ずるな、平気だ。と語るようなマリンブルーに、ウィリアムも留まる外なかった。
 蝶子は佐藤あいかの前まで行くと、片膝をついて佐藤あいかの目を見つめる。
「私の父は、私が幼い頃に家を出て行ったきり、帰ってきませんでした。母は病気にかかり、そんな父を最期まで思いながら死んでいきました。それからというもの、目覚めた能力を国へと捧げるために、血の滲むような努力をして初の日本エージェントに選ばれたんです」
 蝶子は佐藤あいかにだけ聞こえるようにそう言った。何処か切なげな表情で佐藤あいかの手を取る。
「訓練の厳しさも、大切な人の死を恐る気持ちも、痛いほど分かります。ですが、貴方は道を踏み外してはなりません。貴方は、貴方のお父様にとって一番の存在であるからです。私を殺しても、貴方のお父様は悲しむだけです。…本当はもう分かってらっしゃるんでしょう?」
 蝶子は手に力を入れた。佐藤あいかは瞳から沢山の雫を零しながら、助けてくれと嘆く。
「私の方から、貴方のお父様が最先端の治療を受けられるように取り合ってみます。どうか、お父様の傍にいてあげてください」
「っ、!」
 佐藤あいかは嗚咽を上げて蝶子の手を握った。その手の温もりに、生き抜くための覚悟を感じたのだった。


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