04

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「父さんは、お前が一番になってくれることが嬉しい」
「私、頑張る!お父さんのために頑張る!」
 ―蘇る記憶に顔をしかめながら、ひとりの女が静かに目的地へと歩いていた。
「父さん―…」

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 蝶子は、以前ローゲンと交わした会話を何度も繰り返していた。
「ああ。セカンドエージェントで、なおかつ山市に手紙をエージェントに渡すように頼めるほど交流がある人物、それは―佐藤あいかという人物だ」
「日本の、セカンドエージェント…」
「佐藤あいかは、現在父親が難病にかかって昏睡状態にある。その父親の病はアメリカの最先端の医療で治すことも可能らしいが、その手術は多額の金を必要とする。エージェントにでもならない限り、家族への保証はないわけだ。しかし、エージェントは死亡することがなければ殆ど、セカンドエージェントがエージェントになることは出来ない。そこで、蝶子、お前を殺そうとしているんだろうな」
 蝶子は何も言えなかった。エージェントという一枠に入ることがどれほど厳しいのか、理解しているが故に。蝶子が十七歳の時、日本は初めてUN-0への参加が決まった。その当時養成所で厳しい訓練を積み重ねていた蝶子は、その人柄は判断力などが認められ、日本初のエージェントに輝いたのである。そうして、十八歳になった蝶子はすぐに介入に駆り出された。蝶子は、自分がエージェントになる事で苦しむ人が居たことを、初めて知ったのである。
「…あくまで今話した話は俺の推測でしかない。今から本部へ連絡を入れて、山市と連絡を取り合ってみる」
「…はい」
 ローゲンの推測は外れることはない、蝶子は分かっていた。

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 結局、あの後山市とコンタクトが取れ、佐藤あいかに手紙を渡すように言われたことが分かった。山市は、親しい相手で、しかもセカンドエージェントである佐藤あいかなら大丈夫だろうと思い届けたそうだ。確認をせずに今回の事件に繋がってしまったことを反省しているが、山市は別の場所へと移されることになった。
「それじゃあ、私は行ってきますね」
 敵が接近したことを聞いた蝶子は、椅子から立ち上がりそう言った。
「待て」
「えっ・・・」
 蝶子はピクリと止まる。
「俺も行こう」
 ローゲンは有無を言わさない表情で蝶子を見据える。
「はい」
 蝶子は静かに頷いた。

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「あの二人だけでいいのかしら?」
 腰に手を当てながらレイチェルは呟く。それに答えるように、
「大丈夫だろう」
と、スウェーデンエージェントのスティーク・ボーテン 三十二歳が言う。

 ローゲンと蝶子は、フランシスから聞いた、敵が着くであろう地点Pで待ち伏せていた。
「調べてみたが、佐藤あいかの能力は、金属片を操るというものだ。物体を操る、という面ではお前の能力と一緒だ」
「私と…」
『敵が接近しています、周囲に警戒してください』
 ローゲンの無線から、フランシスの声が聞こえた。
「了解。蝶子、敵が近い。気をつけろ」
「はい」
 ローゲンと蝶子は、神経を研ぎ澄ませ、もうじき来る敵に備える。二人が警戒し始めて一分もしないうちに、二人はただならぬ殺気を感じた。途端、
「後ろだ!!」
 というローゲンの声が聞こえ、蝶子は振り返りながら体を反らす。
 ―ぽたり、ぽたり。
 地面に赤いシミが刻まれる。そのシミの上に、左頬を切った蝶子が立っている。蝶子の横髪は歪に切り落ちていた。蝶子は無表情で警戒したまま、攻撃された方向を向く。ローゲンは蝶子を庇うように立ち、一人の女を視界の先に捉える。そこには―…。
「こんにちは、漣蝶子」
 不敵に笑う日本のセカンドエージェント、佐藤あいかだった。蝶子と同じぐらいか、少し幼さの残る女だ。ヒールの音を鳴らしながら、もう一度攻撃しようと構える。彼女の周りには鋭利な金属片が浮いている。蝶子は先程、この金属片によって攻撃された。
「あんたを殺せば!父は助かる!」
 声を荒げて、腕を振り落とす。すると、彼女の周りに漂っていた金属片が蝶子の元へと向かった。
 ―カランッ。
 金属片が地面に落ちた音が響く。


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