02

「"私"ってことは、女か?」
 ウィリアムは右手を顎に添え、渋い表情でそう言った。
「断定はしないほうがいいネ」
「うん、女性と思わせるための工作だったりするかもだから」
 ニッコリと張り付けたような笑みを浮かべながらカルティーノは言う。
「蝶子に恨みでもあんのか?コイツ」
「おいマキュール、また顔が酷いことになってるぞ」
 再び般若のような形相になったマキュールにガブリエルは突っ込みを入れながら、蝶子へと目を向ける。蝶子は案外冷静なようで、桜の形をした髪留めを触りながら、それぞれのやりとりを見ている。
「こんな時に、ローゲンさんに相談出来ればいいのですが…」
 蝶子は少し眉を下げ、目を伏せるようにしながら言った。
「ローゲンさんは、介入で今いないからな…参ったな」
 残念そうにする蝶子の様子を見て、ジョンは何故か申し訳ない気持ちになり、蝶子と同じように眉を下げる。
「もしかしたら、蝶子が美人だから妬んでる奴がいるのかもよ」
 そんな二人を見て励ますようにカルティーノは口を開く。
「蝶子は私が守るからね!」
 カルティーノに続くようにマキュールは拳を握り締めガッツポーズをして言う。蝶子はそれを見て、心なしか救われたような気がした。

  **

(ああ言ってくれたけど…)
 冷静に装ってみても、所詮齢十八の娘。不安を拭えずに、眠れないでいた。
(皆さんに、迷惑はかけたくない)
 蝶子は、少し冷え込んだ夜の中、屑屑と鳴る時計の音を聞きながら珈琲を淹れていた。大広間はいつも晩酌をしているエージェント達が介入に出払っているせいか、カップに注がれるお湯の音が木霊するぐらいに静かだった。電気を付けて一人、この広い空間で珈琲に口をつける。冷え込んだ今、不安が募る今―珈琲の温かさは蝶子を落ち着かせるのに充分なものだった。珈琲の熱が食堂を通り暖めていくのを感じながら、蝶子は目を細めて溜め息をつく。
「―俺のも頼めるか」
 突然聞こえた声に驚きカップを揺らし、反射的に後ろを見る。そこには介入を終えたらしいローゲンが立っていた。ローゲンはエージェント歴が長い事もあり、気配の消し方も磨きがかかっている。蝶子はカップを置いて、「はい」と返事をした。蝶子は立ち上がり慌てて珈琲を淹れる準備をし始めた。ローゲンは蝶子の背中をじっと見つめ、マリンブルーの瞳を琥珀色の輝きへと変える。その瞳孔はチリチリと細かく動いている。
「何かあったから眠れないのか」
「え、何故分かるんですか?」
 蝶子は驚いてローゲンの方を向いて尋ねた。
「俺には、能力が二つ備わっている。その一つが、ジャッジメントの能力だ」
 蝶子は、ローゲンに二つ能力があることを初めて知った。ローゲンの瞳はいつの間にかマリンブルーの輝きに戻っている。
「ジャッジメント、ですか?」
「ああ。この能力を発動した時に、その人間が黒か白か、抱えている大まかな感情などを読み取ることが出来る。お前が浮かない顔をしていたから、少しこの能力を使った」
「そう、だったんですか…」
「お前は今、何を不安に思っている?」
「…実は今日、国連を媒介せずに手紙が私の元へ届いたんです。それが、脅迫文だったんです」
 蝶子は、出来上がった珈琲をローゲンが腰をおろした席へと置き、ぽつりと打ち明ける。ローゲンは話を聞いて眉を寄せたが、もっと詳しく話すようにと目で語る。
「山市さんがいつものように受け付けに持ってきたそうです。国連の印が押されていないのを不審に思わずに…」
 ローゲンは、終始無言で聞いている。珈琲を啜りながら眉間にしわを寄せて、暫く考えたように一点を見つめていた。
「脅迫文を送りそうな人物に心当りがある」
「えっ…誰なんですか?」
 ローゲンは少し間を置いて、「―セカンドエージェントだ」
と答えた。
「エージェントの家族への保証と、セカンドエージェントの家族への保証は大幅に違う。一人になる家族への保証や介護が必要な家族への保証、病気の家族が最新の治療が受けられるような保証…エージェントは介入ごとの成功報酬がない代わりに、手厚い家族への保証が約束される。エージェントは命がかかった仕事だからな。それに比べて、セカンドエージェントは、結局のところベンチ入りした選手でしかない。エージェントにならない限りは家族への保証もない、給料も日本の公務員程度しか貰えない」
「そんな違いがあったんですね」
 このような違いがあれば、蝶子だけでなく他のエージェントも恨まれて当然の筈である。
「セカンドエージェントの中に、家族への保証を必要とする者で絞ると、15名程度だ」
 ローゲンは、セカンドエージェントの事まで頭に入れているらしい。
「その15名のうちの誰かってことですか?」
「ああ。セカンドエージェントで、なおかつ山市に手紙をエージェントに渡すように頼めるほど交流がある人物、それは―」


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