01

 暗い路地裏に、血に濡れた左手を見つめながら、荒い息を整え涙を流す青年がいた。
青年の目の前には、口元から血を流し、がくりと項垂れた青年が一人。
「俺が殺した、俺が…」
 10月25日、これは、アメリカの細い路地裏で一つの友情が崩れた日だった。

  **

「暇ぁ!!」
 マキュールは、退屈そうにテーブルに頬をくっつけて、子供が駄々を捏ねるように手で机を叩く。叩かれた机の振動で、机上に置かれた花瓶がガタガタと音を立てている。
「まあ、エージェントの介入には波があるからなぁ。久々の休みなんだし、しっかり休めよ」
 ガブリエルはマキュールの頭に右の手を置いて、左の手に持ったコーヒーカップを口元に近付けて啜った。
「もう、触んな!」
 眉を寄せて迷惑そうにしているマキュールだが、それが彼女の本音ではないことにエージェント達が薄々気が付いてきていた頃、蝶子達には介入のない日が訪れていた。蝶子は、何やかんやで仲の良い二人を眺めて、日本から仕入れたお茶を飲んでいた。コーヒーよりお茶を飲むことで、彼女の気分は紛れる。まるで年寄りのようだと蝶子は思う。蝶子が二人から目線を外して、窓際を見ると、湿っぽい顔をしたアメリカエージェント、ジョン・ハークレイ(19)がいた。ふとその雰囲気の暗さが気になって、蝶子は暫くジョンを見つめていた。
「何見てるの?もしや、ローゲンさん?」
 蝶子が見ている先が気になったマキュールは、冗談交じりにローゲンの名を出して蝶子の視線の先を辿る。冗談ではあるが、名を出した人物がその視線の先にあって欲しいとマキュールは思っていたのだが、彼女の期待通りとはいかなかった。蝶子がジョンを見ていたことに少し落胆したように溜息をついたが、ジョンの面持ちに不快感を覚え、そして悟った。蝶子はジョンの変化に気付いてから、見つめていたのか、と。
「ジョンさんって、もっと元気なはずなんですけど…どうしたんでしょう」
「んー…本人に聞いてみたら?んで、元気づけてやってよ。唯でさえ介入なくて暇で気分が落ち込んでるのに、いっつも元気なジョンがあんなんじゃ、調子でないからさ」
 ジョンはいつも笑顔でブラックジョークを落としてくる、ムードメーカー的存在である。がしかし、今の彼は何処か遠くを見つめるように窓の外の景色を見ていた。
「じゃあ聞いてみますね」
 蝶子は、肩に若草の香りのしそうな羽織を浅くかけて、薄紅の着物との色彩が春を感じさせた。羽織を翻しながら窓際に座るジョンの元へと席を立ったのだった。そんな蝶子の背中を見つめて、マキュールは「蝶子はさ、人の事は鋭いのに、自分の事は鈍いよねぇ」とぽつりと呟いた。
 机に両腕肘を立てて頬杖をつくマキュールに、ガブリエルも同じく蝶子の背中を見ながら
「まぁいいんだよ。今は。若いうちは鈍い方が幸せだ」
 と応える。マキュールは無言で顔をあげてガブリエルを見て、そっか、と納得した。


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