04

「ここに、マキュールさんのお父さんが…」
 蝶子とマキュールは、マキュールの父親がいると思われる事務所に来ていた。妙な胸のざわめきを抑えながら、マキュールは息を少し荒くしていた。
「多分…仕事の時は大抵ここにいたから…」
俯きがちなマキュールの横顔に目を伏せつつ、
「いきましょう、マキュールさん」
 蝶子は声を掛け、ゆっくりとマキュールの左手を両手で包んだ。突然の温もりに驚きを見せた大きな瞳に、柔らかな表情で微笑む蝶子が映った。
「私達には知る義務があります。…ですから、止まってはいけません」
 マキュールは、左手に掛かった蝶子の力が、無意識なのかそうでないのかは分からなかったが、蝶子の見せた強さに守られた優しさに涙が出そうになるのを感じていた。
「…うん。進もう」
 そうして、二人の手で、目の前に立ちはだかる大きな扉を開けた。

  **

「誰だい?ノックぐらいしたらどうだ」
 書類に視線を向けて、二人の姿を確認をすることなく発せられた言葉に、大人の、冷たさを含んだ荘厳な雰囲気が感じられた。
「父さん」
 マキュールの声にぴくりと肩が動いて、恐る恐る、といった表現ができる様子で、声の場所に目を見やる。
「マキュール…何故…何故ここにいる?」
 その問に答えることなく、マキュールは押し黙って父親を見ていた。その沈黙を破るように蝶子が、
「私達は、国連裏機関『UN-0』。今回、与党が反与党派の市民を虐殺したという事実に対し、介入しに来ました」
「介入…?裏機関…?そうか、私を殺しにきたんだな…」
 何かを悟ったかのような笑みを見せ、ため息混じりにそう呟いた。
「父さん…父さんは与党よね?直接この虐殺に関わったの?」
「いや。私を含む10数名のグループがあって、与党を離党する計画を立てていたんだ。与党が虐殺を行ったことを知って、もうすでに離党している。だが…止めることはできなかった」
 歳をとってできる皺と、険しい顔が癖になってできる皺とが、顔の真ん中に寄っていた。マキュールと同じ色の瞳には悔いを孕んだ色が澱んでいた。
「与党の行き過ぎた政治は止めなければならなかった。だが、私は…私は…死んで償うべきだ」
「それは違います!貴方は、死んではなりません」
 マキュールの父親の言葉を半ば遮るような形で、語尾を言い終わる前にすかさず蝶子は声を張った。
「貴方は、貴方は確かに虐殺を止めることはできませんでした。ですが、それは貴方だけの責任ではありません。貴方が罪の意識を感じているのであれば、死んではなりません。生きて償うべきです」
 蝶子がここまで饒舌になったところを見たことがなかったマキュールも、僅か18歳の女性に嗜められたマキュールの父親も、目を見開いて蝶子を見つめていた。
「…そうだね」
 部屋の中の空気が暖かくなった時、マキュールの父親は、自分の娘に目を向けた。
「駄目な父親でごめんよ。…いいお友達をもったね、マキュール」
「…うん!!」
 マキュールの子供のような笑顔は、マキュールの父親ニック・アンドリューに、幼い頃マキュールと遊んだ時の記憶が蘇らせるのには十分だった。いつの日か無くなってしまった親子の時間が、マキュールの心からの笑顔を閉じ込めてしまっていたことを、その時初めてニックは気付いたのであった。


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