見たくないものは見なくていい。
見たくないものは目を反らせばいい。
だから学校生活というものに目を背ける必要があったのだろうか。
でもただあの場所に居るのは胸が締め付けられるぐらい苦しいものだった。

「母さん、体調が悪いんだ」

母さんは僕の額、頬、首と手を当てて健康チェック。
「?」なんて浮かべながら首を傾げ「わかったわ」なんて言ってくれた。
厳格な父さんが居ればきっと押し出されるように僕は家を出るだろう。
しかし父親は数週間前から学会へ行っている。帰ってくるまでしばらくはかかるだろう。

恋一つでこんなに揺らぐ僕はなんて弱い存在なのだろうか。
ただ一目見て好きだと思っただけなのに。
思わず見とれてしまった視線と大人の余裕の混じった視線が衝突しただけなのに。
僕が女の子だったら、あの子のように彼を手に入れる事ができるのだろうか。
でも僕は男だった。だから僕に出来る事は諦める事だけなのだろう。
そんな事ができるのならば、僕はとっくにこの部屋から出ているだろう。

だから、これは僕が諦めるための物語なんだ。
そう、手元にある紙に乱雑に書いた。


「ジュード、何かあったの?母さんに話せないの?」
「...」
「ジュード、何か嫌な事でもあったの?」
『エリンさん、ちょっといいかしら!』

母さんは隣人に呼ばれ僕の部屋の前から姿を消した。
ごめんね、母さん。
ただ、僕はまだ諦める事ができないから現実を見れないだけなんだ。


長い時間の中で僕は大半を布団の中に潜っている。
後は読書をするか、机の上に開いてあるノートに認めたい現実を書くだけ。
僕が貴方を諦める為に、この人なら仕方ないやって思う人達と貴方が出会う話。
その続きを書こうとペンを取った瞬間だった、部屋のドアが荒々しく開く。

「ジュード!お前、学校に行ってないとはどういう事だ!」
「..と、父さん...」
「何故だ。理由を言いなさい」
「...ちゃんと、行くから。だから、だから..」
「だから、なんだ。」
「あ、あと、少しだけ待って欲しい...んだ..」
「授業はどうするつもりだ?実習なりいろいろあるだろう」
「わかってるから、だから、あと少し」
「お前はわかっていない、あと少しがあと少しで終わる訳がないだろう」
「...だけど」
「聞けばもう半月も家から出てないらしいじゃないか」
「..」
「おい、ジュード。聞いてるのか!」
「...あと、少しって...言ってるでしょ...!」

生まれて指折り数える程の僕の怒鳴り声、驚く父さん。
気がつけば手に持っていたノートを握りしめ真っ暗闇の外へ僕は飛び出していた。
家から飛び出して走ったのはいいのだけれど、僕は絶望的になった。
行く場所もなく、このままでは見たくないものを見てしまうかもしれないのだ。
まだ諦められてもいないのに。

「...あんなに怒る父さん久しぶりに見たな。
 ...どうしよう、どこに行こう...」
『おい』
「...え?」
『お前、マティスじゃないか。』
「...せん...せい...」

振り返ると僕の好きな先生が僕の目の前に居た。
綻ぶ顔を無理矢理顰める、だって僕と貴方は不登校児と担任教師という少し曰く付きの関係。
ここで、変に喜んだりしたら怪しまれる、疑われる、嫌悪される。
しかし無情にも顰めた顔はほんの数秒で青ざめる。

「お、んなの..人の...にお...」
「おい、マティス、大丈夫か?」
「...」
「どうしたんだよ。急に。...って急に突き飛ばす事ないだろ」
「...!!すみません...先生、あの、....に、おいが..」
「臭い?」
「...なんでもないです...すみません。」

先生から感じる女物の香水の臭いに軽く吐き気を感じた。
僕を介抱しようとする先生を気づいたら僕は突き飛ばしていた。
まだ、全然諦められないのだと落胆する。

「具合悪いなら家で休め、夜遊びとかじゃないよな?」
「....」
「おーい、聞いてるのか。」
「...あの。」
「なんだ。」
「...僕、家を飛び出して来ちゃったんです...」
「...あ?」

先生の口がぽかりと空いたままになってしまった。
そして先生は数分悩んだ挙げ句僕の手を引いて歩き出した。
いきなり歩き出すものだから足が絡まり女の人にぶつかりそうになれば『やれやれ』と彼は笑った。

「ったく、校長に知れたら減給もんだぞ。」
「..せんせ、何処に!」
「俺の家だよ。だっておたく、"家には絶対帰らない"って顔してるし。融通聞かなそうだし。頑固そうだし。」
「そう、なんですか。」
「そうなんだよ。」

そうして連れてこられたのは狭い狭いアパートだった。
女の香水の臭いでもなく、先生の臭いで満ちた部屋に酷く安堵した。
もしもここで女性の臭いとか、物とか衣類があったら僕は即倒してしまっていたかもしれない。
先生が上着を一枚ずつ脱いで洗濯物に埋もれたソファーにどっかり腰をかける。
そして彼は僕にこう質問した。

「教育者上は何で家出したのか、そもそも何で不登校なのか聞いた方がいいんだと思うんだけど」
「..はい。」
「何で女の臭いがだめなんだ。」
「え...?ほ、ほら。臭いキツいのが、嫌いなんです。」
「それは嘘だよな。」
「嘘?」
「さっき街でぶつかった女、すんげー香水キツかったのにあの時みたいな反応しなかったし」
「...気のせい...です」
「それも嘘だとして、お前は俺が女物の香水の臭いがしたのが嫌だったんだろ」
「...え?」

眼鏡を外し机の上に置いて、先生は余裕綽々に言っている。
対して僕は僕の心の中を読み取られたように感じて余裕すら無く、汗さえ滲みそうだ。

「つまり、マティスは俺の事が好きなんじゃないか?」



『paranoia 02』

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