世界は開かれた。
大切なあの人の、大切なあの人と僕の望む世界にはなった。
けれど、こんなにも心がからっぽで満たされていなかった。
何故ならば、愛する人に疎まれているから。

嬉しいはずなのに心から喜べないのなら、あの狭くて暗い小屋で彼に殺されてしまった方が満たされたのだろうか。
彼の銃で脳天を貫かれて、真っ赤な血潮と共に変わる世界の手前で終わった方がよかったのだろうか。

『君の心が知りたい』

僕は今、タリム医学校にて卒業論文と足りない出席日数を補うべく開かれたはずの世界の内側にまだ居た。
教授も患者もいない診察室で一人、黙々と筆を走らせていた。
早くこれを終わらせてバランさんの居る研究所へ行って源霊匣の研究をしなければならないという気持ちが加速する中、時折頭の中に浮かぶあの時の彼の顔だった。

心底僕を憎んでいた彼の言葉と、彼の表情と突き付けられる拳銃が脳裏を幾度となく過る。
僕が大好きだったあの声と、表情と仕草は僕を疎んでいたなんて信じられなくて苦しくて仕方がなかった。

「……ねえ、アルヴィン。なんで、殺してくれなかったの」

文字で埋めるべき白紙に水玉の模様が浮かぶ。

「だって、そうじゃないか。全てが嘘になるのなら、あの海停で僕を救う必要なんてなかったでしょ」

あの時も、あの時も僕の生死は彼が決めていた。
なら彼は僕をこんな気持ちにする為に僕を救い、僕を疎んだというのなら酷い話だと思う。
――。
気がつけば、原稿用紙は皺になり書き進める気もなくなった僕はイルファンの街で一人散歩をしていた。

「ったく、ワイバーンがなかなか言う事聞かない所為で大変な目にあったぜ」
「あ……」
「ん……!」

バルナウル街道から街へ入る大きな影は捨て文句を言いつつ僕の目の前を通過する。
その大きな影は彼だった。

「……よう、久しぶりだな。元気だったか」

彼は歩みを止め、僕の方へと向かってくる。
しかしその姿は商人とは言えない程に泥だらけで見窄らしかった。

「また不時着でもしたの?」
「そんな所だ」
「……」
「……」

気まずい空気が流れ、夜風の音だけが響いている。
この沈黙を破ろうと、口を開こうにも先の事が頭に浮かび躊躇いが産まれる。

「……あのさ」「……あの」
「お前ん所の寮でシャワー借りてもいいか」「僕の寮でシャワー貸そうか」

重い口を開けば、僕と彼の言葉は重なった。
けれど考えている事は一緒なようで、僕らは笑い合った後に寮へと向かった。

彼は僕の寮に着くなり、スーツを脱ぎ捨てシャワールームへと入って行った。
読書でもしようかと本棚の前に立った瞬間僕は大切な事を思い出した。
診察室の電気は消していない上に鍵さえも締めていない事、僕は静かに寮を抜け出し医院へと走った。

「急いで施錠して帰らないと……」

僕は照明器具に手を伸ばそうとした瞬間、皺になったしまった原稿用紙が目に入る。
悶々と考え込んでいた僕の前に再び現れた彼と脳裏に焼き付く彼の顔が交互に浮かぶ。

『……よう、久しぶりだな。元気だったか』

彼はどんな想いで僕に声をかけたのだろうか。
まだ、疎んでいるのだろうか。
それともまた本心を隠して繕っているのだろうか。

「君の、アルヴィンの心が知りたいよ……」

ふいに出たアルヴィンへの言葉。
どうせ知った所で疎まれている、ただの顔なじみという結論が出る事なんてわかりきっているのに。
僕はそんな事を思いながら寮への帰路を辿った。

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