ここから始めようと、花束を渡した。
決してこの花束にさよならの意味なんてなかったはずだった。
『ここまで素直に言えるようになったから……悪かった、ありがとうって伝えようと思って来たんだ』
『……そんな約束覚えててくれたんだね』
『父さんの後を追う限り忘れないよ』
『僕ももう君のした事ぐらい笑えるぐらい大人になったよ、だから僕もありがとうって言わせて』
けれど、アイツはもう覚えていない。
俺に憎しみを抱いた事も。
俺と約束を交わした事も。
「こんにちは。初診の方ですか? 今、診療室に案内しますね」
招いてくれてありがとう、と意味を込めた花束は床にゆっくりと落ちて行った。
アイツは落ちた花束を見つめて不振そうな顔を浮かべた。
「もしかしてお見舞いに来られた方ですか? 名前を教えて貰えたら案内しますよ」
冗談だと思った。
だけどアイツはこんな冗談を言う様な奴ではなかった。
「お前は、誰だ……?」
心拍数が上がる心臓を抑え、震える唇でそう呟いた。
そして、アイツはこう言った。
「僕はジュードです。マティス治療院の院長のジュード・マティスです」
そう、綺麗な笑顔で言った。
その瞳に俺は『お客様』として映っていた。
『無窮メランコリー』