僕の憂鬱のはじまりは今から一週間に遡る。
タリム医学校で医学を学んでいる僕の先生であるハウス教授から用事を頼まれている最中の事だった。
用事を急ぐあまり商業区の露店が並ぶ通りを大急ぎで走っていると一人の男性とぶつかってしまったのだ。
その拍子に男性が持っていた大きな木箱が地面に落ち、ガシャンと何かが割れる音がしたのだ。

「す、すみません……!」
「……すみませんって言われても、これかなり値打ちのあるもんなんだよな。まいったな」
「……どれぐらいの値段でしょうか……?」

木箱の中には割れているが元は壺か花瓶のようなものが入っていた。
僕はその花瓶と、男性の顔を交互に見て値段を伺えば学生の身である自分では到底払えないような金額を男性は口にした。

「俺は別にいいんだけどな、でも父さんに頼まれてたものだからな」
「……同じものはもうないんでしょうか」
「あるっちゃあるけどな」
「弁償させてください……」
「へー。どう見ても学生の身なりのお嬢さんだと随分返済に時間がかかりそうだな」

男性は僕を上から下、下から上へ見るとそんな風に言葉を返した。
そして男性は最後に僕の顔をじっと「じゃあ、こうはどうだ」と提案を口にした。

「俺の家の屋敷なんだけど、ちょうどメイドが足りなくて困ってるんだよな。だからお金じゃなくて労働力で返済っていうのはどうだ」
「それで、許して貰えるなら……!」


これが一週間前の出来事だった。
この男性の名前はアルフレド・ヴィント・スヴェントといって名家スヴェント家当主の子息にあたる人物だった。
名の知れた名家という事もあって彼の屋敷はとても大きく、僕が破損させた物の金額の正しさを裏付けていた。
学校が終わり、スヴェント家仕えのメイドとなったが僕には一つ疑問があった。
足りないという割にはメイドの仕事が少ないという事だ。
生憎ここ一週間は男性、アルフレド様は家にはおらずこの家の執事も僕が仕えるとう事を嘘だと思い門前払いまでされかける程に人手は十分にあった。
結果的に執事がアルフレド様にGHSで連絡を取る事で僕の言っている事が嘘ではないと信じて貰えた。

「そういえば、今日ですよね。アルフレド様が帰られるのは」
「そうよ。だから帰られたら挨拶に言ってちょうだいね。旦那さまや奥様たちと同じような感じで挨拶すれば大丈夫だから」
「はい、わかりました」

僕は同じメイドとして仕える女性と一週間振りに帰ってくるアルフレド様の話をしていた。
仕事は全てやり尽し、磨き上げたシルバーを更に磨きをかけているとメイド長を務める女性が部屋に入ってきてアルフレド様がお帰りになられたと僕に教えた。
僕はシルバーを引出しの中に戻すとメイド長とメイドに別れを告げ、アルフレド様の私室へと向かった。

「アルフレド様、よろしいでしょうか」
「ああ、入れよ」

僕はアルフレド様の資質のドアをノックして声をかけ、了承を得るとそのドアを開け机に向かうアルフレド様の元へと向かった。
アルフレド様は一週間の間に届けられた郵便物に目を通しながら僕の方を向いた。

「先日は……申し訳ありませんでした。アルフレド様……」
「同じ奴をまた手に入れる事が出来たから気にするなよ、父さんもこの事は知らないからな」
「……それは、どういう事ですか……?」

あれほど高価なものを二つも買うという事を、当主である旦那さまが知らない事を僕は不審に思いそれを口にした。
アルフレド様は手に持っていた郵便物の束を机の上に投げ出すとイスから立ち上がり僕の方へと近づいた。

「仕事があんまりないだろ、ここは」
「……人手不足とは思えないです」
「はは、そうだよな。あの壺は俺の手持ちの金で同じ物を買ったんだよ。父さんには言っていないけどな。その代わり父さんには俺から金を出すからメイドを一人雇わせて欲しいって言ったんだよ」
「……でもそれじゃアルフレド様に得がないじゃないですか」
「いいや、あるよ」

アルフレド様は一歩ずつ僕に近寄ると、僕へと手を伸ばした。

「アルフレド様……?」
「メイドキャップずれてるぞ」
「あ、ありがとうござ……?!」

僕のメイドキャップに触れているアルフレド様の手がメイドキャップから離れると僕の腕を掴み、僕を引き寄せた。
その行為に戸惑っていると、アルフレド様は僕の頬を撫で微笑みを見せた。

「ジュード、お前は俺の専属メイドだ。その為に俺が高い金を出した。その行為の意味がわかるか」
「え、あのっ……アルフレド様!」
「アルフレド様じゃない、ご主人様だろ? お前のご主人様は父さんじゃなくて俺なんだから。その身を俺に全て捧げるんだ」

アルフレド様の手が僕の太腿に伸び、肌と二ーハイソックスの間に指先を挟み残りの指を太腿へ這わせた。

「っ……!」
「はは、随分と可愛らしい反応をするんだな。でも抵抗しないって事は続けても問題ないって事か?……なんてな、冗談だよ」
「冗談?」

僕の身体から手を放し、両手をひらひらとさせながらアルフレド様は冗談だとそう言った。
僕はその行動にすら動揺し、茫然としてしまった。

「でも俺がジュードの時間を買うという事はその時間はジュードの事を好きにしてもいいっていう事は間違ってないよな」
「僕はメイドとして雇われたはずじゃ……」
「あぁ、そうだよ。可愛いメイドさん。だから俺に奉仕してくれよな」
「なんか、一般的な奉仕な意味合いと違うような気が……」
「あの壺、いくらすると思う?」

アルフレド様の言葉に否定的な言葉を返すと、彼は僕の肩に腕を回して耳元でそんな言葉を囁いた。
きっと僕がすぐに払える金額でない事は明確だったので、溜息を吐いて俯くと彼は僕の頭を撫でた。

「そうだな、まずは美味しいご飯でもつくってくれる? シェフじゃなくておたくが作ったご飯」
「へ?」

肉体的奉仕を要求しているようなそぶりは一転し、彼は僕にディナーを用意しろと命令した。
検討が外れた僕の素っ頓狂な声にアルフレド様は低い声で笑った。

「なんだよ、俺が脱いでくれとでも言うかと思ったか」
「別にそんな事は言ってないです」
「残念だったな。その要求は今度叶えてあげるからさ」
「永久に結構です!」

僕はアルフレド様に一礼をしてこの部屋を立ち去った。
片手に握られたメイドキャップが僕の怒りによりくしゃくしゃになってしまったが気にはしなかった。
悪だくみを考えてそうな表情を浮かべ笑う僕のご主人様――アルフレド様の顔だけが脳裏に焼きついたまま僕は厨房へ行くのだった。


『奉仕とメイド』

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