現行の源霊匣に精霊術の術式を組み込んでから実験の成功率は上がった。
そしてそれを世界で実用化できるレベルにまで発展し、精霊の化石さえ集める事ができればこの世界から黒匣は消える。
そうすればこの世界は再び息を返すだろう。
そんな未来のヴィジョンが見える所まで源霊匣は完成しつつあった。

「ジュード君、今日はもう上がったらどうだい?」
「昨日見つけた問題点がもう少しで改善できそうなので、もう少し残ろうと思います」
「あまり根を詰めすぎないようにするんだよ。もう源霊匣の完成はそこまで来てるんだから」
「だから手を止める事が出来ないんですよ」
「……そうだったね。でも源霊匣が完成しても僕らにはやる事が沢山あるんだから休憩する事も大事だよ。だから息抜きに上で珈琲でも飲まないかい?」

僕の研究所に勤めるジュードという青年に僕はそう声をかけた。
何時間も実験に没頭している、これでは返って良くないだろうと思い彼を屋上へと誘った。
彼は少し悩んだ後、そうですね とそう苦笑し僕の後について研究室を出た。

「もうすぐ完成するんですね、結構時間がかかっちゃったけど……」
「そんな事ないと思うけどね。むしろリーゼ・マクシアに伝わるハオ博士の理論が源霊匣へと昇華するまでに五百年もかかったんだ。黒匣が産まれてから数えたら千年。僕らがこの研究をしてからの月日なんてあの月日の数パーセントにしか満たないんだよ」
「そう考えればそうですが……」

彼がこの研究所に入ったのはまだ十代の半ば頃の事だった。
十代半ばから今日に至るまで彼は脇目も見ずに源霊匣の完成を夢見て来た。
貴重な青年期を全て源霊匣に捧げ、朝は早くから夜は遅くまで実験を繰り返す姿を心配に思う事もあった。

「でもその数パーセントでも人間の年齢に換算すれば人生の数十パーセントにはなるだろう。君は青年という期間にやりたい事をやれず後悔はしなかったのかい」
「僕は源霊匣が完成して精霊と共存できる世界にする事を目標としてきたので、後悔はしません」

所長として彼の存在はありがたく思えたが、友人として彼の生き方を心配しつい彼に問いかければ彼らしい実直な答えが返って来た。

「じゃあ、源霊匣が完成する時。君はどうするんだい」
「緑が溢れ、水が湧く大地を見守ります」
「君らしいね」
「この世界にマナが溢れたらきっと彼女がこの世界にくると思うんです。そうしたらまた皆でもう一回世界を回ってみたいんです。ミラとアルヴィン、エリーゼ、ローエン、レイア、ガイアス、ミュゼ。そしてエルと」
「どんな旅をするんだい」
「オリジンが言った魂の循環を確かめる旅、とかどうでしょう」
「旅が終わる頃には人数が増えてそうだね」

屋上を吹く穏やかな風が青年の髪の毛を靡かせる。
髪で隠れていた彼の顔が一瞬、僕の目に映る。
彼の顔には笑みで満ちあふれていた。

「君に限っては心配なんて野暮だったね」
「どういう事です?」
「なんでもないよ」

そう言うと彼は困ったような表情をしていた。
彼には捧げた時間以上に大切な時間がこれから訪れるのだろう、そんな気がした。


『彼の旅路に幸あれ』

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