ある日の夜、俺の夢に神様が出て来た。

『ジルニトラが航海中リーゼ・マクシアに堕ちないという過去にしてやろうか』

そう言われた、と思う。
言われて思ったのは大切な母親の事。俺がここまでやってきた原動力の事。
夢の中の俺は何も思わず二つ返事で「あぁ」と言った。

目が覚めたら俺はエレンピオスに居た。
クルスニクの槍は結界を破ろうとしたが、船はリーゼ・マクシアには落ちなかったらしい。
この世界は父親も母親も健在で肩身は狭いがあの母親の顔を見るだけで幸せになった。
大好きな母親のピーチパイを食べてバランとくだらない話をして床についた。

また、夢に神様が出て来た。
今度は『お前が夢見た未来のリーゼ・マクシアが見たいか』と聞かれた。
俺は旅先で出会った奴の事を思い出してまた「あぁ」と言った。


「キャリー、外は冷えます。中に入りましょう。」
「そうね、ローエン。お茶にしましょうか。」
「なら、ナハティガルも呼んできませんと..」
「あらあら、本当に2人は仲が良いのね」

ローエンは相変わらず忙しそうだが、幸せそうに見えた。
津波に攫われた彼女はエレンピオスに渡らずリーゼ・マクシアで見つかったのだろう。
そしてナハティガルも大切な妹が健在で暴君にはなってないようだ。

「エリーゼ、学校に行きましょう」
「あ、待ってください..です..!」

ラ・シュガルが独裁政権に至らずア・ジュールとも険悪姿勢に陥らなかったこの世界では増幅極は発明されなかったらしい。
それでも夜盗に襲われるという悲劇を免れなかった少女は孤児になりながらも良き人に引き取ってもらえたみたいだ。
きっと研究所がないので身売りという商売もそこまで発展しなかったのだろう。

「レイア!今日はレイアの大好きなフルーツ焼そばだ」
「やっぱフルーツ焼そばだよねー」
「レイア、それが終わったら今日の鍛錬するわよ」
「わかってるってば」

相変わらず元気そうなレイアだった。
ロランド一家は相変わらず幸せそうだ。

"シェルを知る者が現れたのね、始末しなければ"
"この世界に現れた者が精霊を滅ぼす道具を使用する...ならば精霊と人を守らねばならない"

かすかに見えたのがミュゼの姿。
ジルニトラは堕ちなかったがシェルの存在を知る物を始末する事に翻弄していた。
場面が移り変わりミラの姿が見えた。
ジルニトラは堕ちなかったがシェルを知る物達の存在を恐れたマクスウェルはこの未来でもミラを創っていた。
アルクノアという存在は居ないもののシェルの破壊を促す者にミラはまた囮として奔走していた。
エレンピオスの枯渇とリーゼ・マクシアを信じるエレンピオス人が居なくならない限りミラは生まれてしまうのだろうか。
ミラ、お前はどこまでも強いんだな..。


『ここまでだ』
「おい、待ってくれよジーサン。まだ見てない奴が...」
『お前が望んだ未来で見れる未来は全部見せた』
「どういう事だよ。」
『どういう事もこういう事だ。よく考えろ。』
「っておい...」

またお節介焼いてるんだろうな、ちゃんと勉強してるのかとか考えてジュードの未来を待っていた。
だけど、その未来を見る事はできなかった。
ジルニトラは堕ちなかった。俺が渇望していたはずだった。
なのに、大切な人は居なかった。

「ジュードは...!」
『ジルニトラは堕ちなかった。ならその乗客と堕ちた地で出会う者との子は生まれるはずがなかろう』
「ジュードが...生まれない...?」
『お前は母親の為に望んだ未来ではないのか』

たしかに俺が望んだ未来だったはずだ。
ふわふわとする世界でジュードの姿がフラッシュバックのように映る。

"アルヴィン!"

あのお節介のお人好しの声が頭の中に淀んだ。
ジュードが生まれない事に体中に寒気が奔り悪寒を感じた。
もうあの声であの笑顔で俺の名前を呼んでくれないと思うと母親を失ったのと同じくらい苦しい。
夢の中のはずなのに動悸が乱れてくる。

「なぁ、じーさん」
『なんだ。』
「あれほど望んだ事だったんだけどな...天秤が壊れてよくわかんねぇよ」
『優柔不断な奴だ』
「あんなに母親を喜ばせたいと思ってたのに...俺、ジュードの笑顔が見たい...」
『今のままで良いというのか』
「そうじゃないと、あいつらに出会えないらしいからな...」
『これがお前に与える最初で最後の機会だと言うのに』
「究極の選択すぎるぜ...じーさん。」


そして俺は目が覚めた。
目を開けるとジュードが俺をじっと見ていた。

「ジュード...?」
「アルヴィン起きたんだね。」
「なーに朝から俺の事見ちゃって。あんまりカッコよすぎて惚れ直したか?」
「ち、違うよ!アルヴィンが寝言で『ピーチパイ食べたいよー』って言ってたから」
「はは、なんだよ。それ」

「僕ね、夢を見たんだ。僕が居ない夢。」
「..どういう事だよ。」
「夢の中で皆幸せそうで、アルヴィンは凄く幸せそうで、ミラは相変わらず頑張ってるのに僕だけ居ないんだ。」
「ジュード..」
「こんな夢見ると僕って何なんだろうってちょっと思っちゃって。」
「で、『アルヴィンかっこいいなー』ってか?」
「もー茶化さないでよ」
「心配するなよ。お前の夢の中の幸せそうな俺は今の不幸だらけの俺が良いらしいからな。」
「..どういう事?」
「ジュードに出会いたいんだよ、きっと。」
「アルヴィン..!」


『神様の天秤は意地悪だ。』





なんか珍しく真面目に描いてみました。
矛盾が若干あるけど気にしないで貰えたら助かります ←
普段はえげつない小説を描きながら心の奥ではジュードが大好きなアルヴィンが大好き。

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