あの事があってもお互いの距離感が狭まる事はなかった。
ジュードを憎む気持ちはもう無く、ただ謝りたい、でも許してはくれない、俺は何もしない方がいいと思い込んでいた。
たとえ許してくれなくても謝るべきだとは思ったが矮小な心をこれ以上傷めるほどの余裕もなかった。
「アルフレド、ジュード君とは上手くやれているか?」
「……はい、父さん」
「それなら良かった。お前も勉強を怠ってはいけないよ。……アルフレド」
「学校に行きます」
ジュードが登校した後の朝食のテーブルで父さんは俺にそう話しかけた。
ハムエッグを切り分けていた左右の手が一瞬止まるが、間を開けると父さんに怪しまれると思い嘘を吐いた。
仲良くもない、むしろ傷つけてしまった、そんな告白をする勇気も俺にはなかった。
この話を早く切り上げたいと思い、切り分けたハムエッグを胃袋に押し込み席を立ち学校へと向かった。
欠伸を一つしながら校門を潜り、下駄箱で上靴に履き替えると仲の良いクラスメイトが既に登校していると知り足早に廊下を歩いた。
『返して下さい……!』
特進科と普通科の教室で別れる廊下の隅で、そんな声が聞こえた。
声の方向へ顔を向けると廊下の隅でジュードが数人の生徒に囲まれていた。
『そんなに返して欲しいのか? 成績トップの優等生』
『ぶつかってしまった事は謝ります……だから返して下さい』
『だってさ、どうする?』
耳慣れた声はジュードだけではなかった、その取り囲んでいる奴らは俺の仲の良いクラスメイトだった。
クラスメイトが特進科に嫉妬している学歴コンプレックスなのは普段から知っている事だった。
それが学年トップのジュードに向けられる事はあり得ない事ではなかった。
囲まれて困り果てているジュードを助けに行きたい、それで全部謝りたい そんな思いが一瞬浮かんだ。
しかし、ここで自分が出て行ってジュードを庇えば俺がどうなるかわからなくて怖かった。
足は重かった。
いつもみたいに無視して行ければ楽だろう、仲間に加われば楽しいだろう。
『どうせ先生にチヤホヤされてるんだから問題教えてもらってんじゃねーのか?』
『だいたい家柄で将来なんて決まるんだから無意味なんだよ』
『……』
クラスメイトのジュードを貶す言葉に苛立ちが募っていた。
嫌いでも何でも俺に大切な事を思い出してくれたあいつを貶されるのは嫌だった。
ただそれをクラスメイトに伝える事は出来ずに握りしめていた拳を廊下の窓ガラスにぶつけた。
凄まじい音に周囲は俺の方を向き、俺を見つけたクラスメイトはジュードに興味を無くし俺の方へ寄ってくる。
「朝から何やってんだよ」
「なんでもねえよ」
ガラスの刺さった片手が裂けるような痛みを発していた。
「おい!スヴェント何をやっている!」
「……」
「保健室に行ってから説明しに来い」
「……はい」
教師や父さんに怒られる羽目になっても良かった。
でも俺の心はどうしようもなく小さいからこんな事しか出来ない、これであいつが救われたならそれで良かった。
「おい、先生カンカンじゃねーか」
「いいだろ。それより、お前面白そうな本持ってんじゃねーか」
「これか? そういえば返すの忘れてたな」
「それ俺にくれよ。どうせお前読まないだろ」
「お前だって読まないだろ」
「違うよ、どうせ病院行きだから暇つぶしが必要なんだよ」
「ほらよ」
俺はクラスメイトが持っていたジュードの本を取り戻し、ゆっくりと保健室へと向かった。
歩きながらその本を見れば、医学関連の本だった。
ページを捲ろうにも痛む片手は動かそうとすれば痛みが走り、ページを捲らないまま俺は廊下だけを見つめて歩き出した。
『白昼メランコリー』