街を焼き尽くす業火を見てただ呆然と立ち尽くす事しかできなかった。
僕を追いかけるようにマンションから出て来た気配にすら振り向こともできない程にただ立ち尽くしていた。

「なんだよ……これ……」
「……」

僕の背後で立ち止まったアルフレドはこの業火を見て同じように動揺していた。
先ほどまでの静寂に包まれていた街が少しの間で面影すらも無くしていたのだから仕方ないと思った。

「っ、ジュードったっけか、ここは危ない……逃げるぞ!」
「え……」
「死にたいのか?! 商業区まで火の手が回っちまってんだ、急ぐぞ!」
「……は、はいっ……」

アルフレドは僕の腕を掴み、商業区から避けるようにマンションの隙間を縫うように進んだ。
僕は迫り来る危機感よりも、彼の肉声が僕の名前を呼んだ事に心は思い乱れていた。
もう二度と聞く事はないと思っていた愛しい肉声が僕の名前を再び呼んだのだから。

「……は……、大丈夫か?」
「はい………、大丈夫………です」

火の手から遠く離れた路地でアルフレドは僕の腕を離し、短い息を吐く。
その姿はたしかにアルヴィンなのに心は別人。
重ねて見てはいけない、そう固く誓っていた。
重ねたらアルヴィンを裏切ってしまう、そしてアルフレドにも失礼だと思っていたはずだった。

「おい?! どっか怪我したのか?!」
「僕は平気……です、ごめんなさい……」
「……泣くなよ。……とりあえず、このまま裏道を進んでトリグラフ街道に出るぞ」
「……はい」

思い上がる気持ちと誓いを破いた焦燥感で痛む胸を押さえ込むようにしてアルフレドに続いて歩みを進めた。
無言で前に進み、僕らはトリグラフ街道と呼ばれる開けた道に出た。
アルフレドに続いて草原に足を進めようとした時、アルフレドが振り返って僕の掌にリリアルオーブを握らせた。

「……これ……」
「ここからは魔物が出るからな……、言っとくけどやった訳じゃない。ただ貸しただけだ」
「……アルフレド……さん……」
「……だから泣くな。お前がそうやってずっと泣いてるのは俺と別世界の俺の所為だろ? 俺にはお前にどう謝って良いかわからない。だからそれで許してくれ」

僕が泣く事でアルフレドに迷惑をかけていると今更知って更に胸が痛む。
しかしアルフレドの優しさに僕はまた涙を流すのだった。

「……ごめんなさいっ……」
「……、こういう時は素直にサンキュって言って笑えばいいんだよ。お前ちゃんと笑えるだろ? 公園の前で俺を見た時みたいに」
「……うん……、ありがとう……!」

アルフレドは僕の頭をクシャリと撫でると草原へと足を進んで行き、僕もその後を追った。
夜の街道は魔物が多く、アルフレドが先頭を行き僕を庇うように進んだ。

「ちっ、やっぱ敵が多いな……おい、ジュード、俺が引きつけてる間に前に……」
「わかっーー」
「危ないっ」

アルフレドの言うままに走ると、僕とアルフレドの死角から魔物が飛び出して来て僕に噛み付こうとするとアルフレドは僕と魔物の間に入り大剣で魔物を薙ぎ倒した。
衝撃で地面に伏せたアルフレドにいつかの光景が頭の中に浮かび彼に駆け寄る。

「アルフレドさん!」
「っ、大丈夫だよ。お互い助かったんだからさ、もっと明るい顔をしろよ」
「……」
「ジュード?」

違う世界で心は別人のはずなのに、二人の彼という存在は同じように僕に優しかった。
その優しさにどうしようもなく惹かれてしまいそうな心が邪見に思えた。
重ねてしまう自分を許す事ができず胸が張り裂けそうだった。

「同じ顔で……同じ声で……僕を呼ばないで……優しくしないで……」
「……お前にとって別世界の俺って何なんだ」
「僕に全てをくれた……産まれて初めて生きてて良かったって思わせてくれたんです……貴方と同じように優しかった……だから苦しい……」
「そうか……悪い奴だな」

アルヴィンは僕の涙を服の袖で拭くと、僕の手を掴んで立ち上がった。
そして僕の手を引いて街道を一歩、また一歩と進んで行った。

「アルフレドさん……僕の事……嫌じゃないんですか?」
「……あぁ始めは嫌だった。けどマンションでお前の言葉を聞いて同情した。だから成り行きで一緒に逃げた。……けど、今は同情じゃない。俺を見て優しいと言ってくれたお前を守るだけだ」
「……アルフレドさん」
「アルフレドでいいよ。あとその仰々しい敬語もやめてくれ」
「……うんっ……」

僕の彼への感情が正当化される事はないのだろう。
けれど僕の手を引く彼の手を愛しいと思う事は許されるような気がした。
それはアルフレドが僕を守りたいと差し伸べた手で、僕もアルフレドに守られたいと握り返したのだから。


『巡る器の還る場所 8』

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