僕が意識を失う前に見た現実は悲惨だった。
それこそが夢かもしれない、そう願って目を開けば見慣れた地下室の壁紙が目に入った。
僕の隣にはもうアルヴィンは存在しなかった。

「目が覚めたかい、ジュード君」
「……」

ゆっくりと身体を起こせば、僕のベッドの横の椅子に腰掛けていた眼鏡を掛けた白いコートの男が僕に話しかける。
この人がアルヴィンだったら良かったのに、そう彼の顔を思い浮かべば涙が自然と溢れる。
布団を握りしめ、シーツに涙を落とす僕にその男は困ったように眉尻を下げた。

「……あの一件はエージェント達に事情は聞いたよ。すまなかった、と言っても君が許してくれるとは思わないが室長として謝罪させて欲しい」
「……は……」
「なんだい」
「……アルヴィンは……何処に居るんですか」

この質問にその男は口を閉ざした。
そして沈黙がしばらく続き、その男は「あの世界は消えたんだ」そう答えた。
僕にはその返答を理解する事ができなかった。
消えたじゃない、殺したの間違いじゃないのか、この男にそう言い返してやりたかった。

「君は分史世界という歴史が分岐した世界、わかりやすく言うとパラレルワールドに行ってその人に出会ったんだ。しかしその世界を消さなければこの世界が滅んでしまうんだ」
「……だから僕も一緒に消して欲しいと言ったのに……」
「それはできなかったんだよ、君はこの世界の人間だから消えてしまう事はない」

その男は丁寧に僕が連れて行かれた世界について話を始めた。
消さなければならない世界だと説明されても僕には納得する事ができなかった。
たとえ別の世界と言われても彼と過ごした日々は本物の世界で過ごすよりも大切だったから。
消さなければならないの一言で説明されるには感情がついていけなかった。

「もう……アルヴィンに会う事はできないんですね」
「……説明した通り、あれは歴史が分岐した世界。この世界にも同じ姿の人がもしかしたら居るかもしれない。しかし君の行った世界は断界殻の閉じたリーゼ・マクシアだ。同一人物が居たとしても断界殻が閉じたこの世界で会う事は難しいだろう」
「断界殻……?」
「エレンピオスとリーゼ・マクシアを隔てる見えない壁みたいなものだ。歴史的に二回その断界殻が開いた事になっているが、分史世界を破壊する為にエージェント達には小型化したクルスニクの槍という武器で部分的に断界殻を破壊し潜入し、帰還する」
「なら、僕をリーゼ・マクシアに……彼の所に連れてって下さい……」
「問題は二つだ。このクルスニクの槍を使用したエージェントの帰還率は二分の一。つまり使用した半数が任務の最中に消息を断っている。今回のケースを除いて道標の探知以外では社長は君の同行を許さないだろう。もう一つはこの世界に居るその人物は君の事を知らないだろう。つまり君との思い出を作った人物ではない」
「……」

男が言う言葉からは無謀という事しか伝わってこなかった。
あまりの希望の無さと意識を失う前までの希望の落差に言葉すら発する事もできず、シーツには無数のシミが浮き上がる。
僕の涙が止まらない事に男は困ったようにまた眉尻を下げた。

「……こうなったのも部下とは言え俺の責任だ、悲しい思いをさせてしまいすまない……」
「……」
「そ、そうだな。こんな地下の部屋では更に悩めと言っているようなものだし、リフレッシュに美味しいご飯でも食べに行こう。君より少し上くらいの弟が凄く料理が上手いんだ。きっと気分転換くらいにはなるだろう」

僕はこの男に連れて行かれるままにこの地下室を後にした。
もう放っておいて欲しい、その気持ちしかない僕の足取りは重かった。
あの世界の破壊、アルヴィンの消失は気分転換という言葉で済まされる事に憤りを感じたが、世界の破壊というものを日常的に行っているこの会社の社員には僕の気持ちを理解する事はできないのだろう。

「あぁ、兄さん。お帰り」
「帰ったよ。それより夕飯を一人分多く作ってくれないか?」
「わかったよ」

僕は男と共にクランスピア社から出て、近くにあるマンションへと向かった。
部屋に入ればトマトの香りと共に銀髪に黒のメッシュの入った髪の青年が現れた。
台所に立って料理の準備をする青年の姿にアルヴィンが作ってくれた豆腐の味噌汁を思い出し、また涙腺が緩みかける。

「どうしたんだ? 台所になにかあったのか?」
「……ちょっとだけ」
「何ならうちのシェフと料理でも作ってみるか?」

そう言われ、玄関から台所に移動して銀髪の青年の横に立つと青年が「トマト切るか?」と聞いて来たので頷き包丁を手にした。
アルヴィンが教えてくれた言葉が頭の中に浮かび、浮かぶままにトマトに包丁を入れる。

「切るの、上手だな」
「アルヴィンが……教えてくれたんだ」
「そうか」

包丁でトマトを一つ切るごとにアルヴィンの事を思い出し、何個目かのトマトを切る頃には僕の視界は歪んでいた。
そんな僕を見て銀髪の青年は「これぐらいで大丈夫だよ、ありがとな」そう言って椅子まで誘導した。
しばらくすれば目の前は青年の作る料理で満たされていった。

青年の作る料理は男の言う通り地下室で出される料理よりも美味しかった。
出された料理を少しずつ口に入れ、皿が空になってしばらくすると男は「じゃあ、会社に戻ろうか」とそう言った。
外食は気分転換程にはならなかったけれど、アルヴィンとの思い出が確かに僕の中にある事に安心した。

そんな気持ちでマンションを出て公園の前を通ろうとした時だった。
奥からこの公園に向かって歩いて来る2人組の男。
その片方は紛れも無くあのアルヴィンだった。

「……アルヴィン…………?」
「ジュード君?」

少し服装が違っても僕が彼を見間違える事なんてない。
僕は彼の元へ走った。
--アルヴィンの元へと。


『巡る器の還る場所 4』

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