エージェントに連れられて辿り着いた場所で出会った茶色のコートの男。
彼はアルヴィンと名乗り、僕をまるで硝子細工でも扱うように優しく僕に接した。
16年間過ごした地下室での生活では経験する事のなかった、能力ではなく人間へと向けられるアルヴィンの感情が心地よかった。
しかしその感情が僕ではなく僕に似た誰かへのものだと思うといつも悲しくなった。

彼が言う僕は料理がとても上手だったと言う。
けれど僕は料理すら作った事も台所に立った事さえもない。

彼は言う僕は医学にとても詳しかったと言う。
けれど僕は地下室にあった文献にあるだけの知識しか持ち得ない。

彼の言う僕は護身術が得意でとても強かったと言う。
けれど僕はこの拳で何一つ守る事もできやしない。

彼の言う僕と、僕はこんなにも違うのに彼はそれでも僕の事を愛してると言った。
何一つ出来ない僕に彼は全てを尽くしてくれた。
そんな彼に僕が惹かれてしまうのも自然な話なのだろう。

「ジュード、お前の好物だった豆腐の味噌汁を作ってやるよ」
「俺はこの世界の奴らみたいに治癒なんて事はできないけど、アップルグミ一つ用意する事ぐらいできるからな」
「何が起こってもお前だけは守ってやるからな」

そんな彼に僕は恋をした。
彼にとっては僕は偽物でしかないけれど、それでも僕は彼を好きになってしまった。
それと同時に彼に対して吐いている嘘への辛さが産まれた瞬間でもあった。
けれど彼と僕のこれまでの経緯と関係性を考えると本当の事を伝える事はどうしてもできなかった。

伝えなくても、変わらず彼は僕を愛してくれたし僕も彼の事が好きだったからこの事は胸に閉まったままにしていようと思った。
それが彼と僕との優しい幸せな時間が壊れないと思ったから、それでいい、それでいいんだと思った。


『巡る器の還る場所 2』

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