クルスニクの鍵と呼ばれた僕は常に孤独と共にあった。
僕にあるのはその役割と名付けられた名前だけ、それ以外の全ては不透明で不明確で何もわからなかった。
クランスピア社と呼ばれる建物の地下に設けられた出口のない部屋で僕は軟禁されたまま16年の月日が流れた。
そこで僕はただ文献を眺め、ただ消費するような日々を送り続けていた。

「僕は何故、こんな所に居るんですか」
「それはお前が持つ能力を私達が欲しているからだ」

「僕には家族はいないのですか」
「ふん、そんな事を知ってどうする? 虚しいだけだぞ」

僕の世話する人間以外にたまに背丈の高い男が僕の所にやってきて「どうだ?」と聞くものだから質問してみても返ってくる答えに僕の存在の欠片はない。
誰も僕に答えをくれる事も出口を開けてくれる事もなかった。

「僕はいつになったら自由になるんですか」
「全てが終わった時だ」

最後にいつもそう聞いた、けれど返ってくる答えは同じものだった。
その終わりがいつくるかさえも分からず僕はただ、生きていることだけを求められ続けた。


そんな日々を送る僕に変化点がやってきた。
僕のお世話をする人間が固く閉ざされた扉を開けたのが始まりだった。
いつもは食事を窓から差し出すだけの人間がわざわざ鍵を開けて僕の元へやってきたのだ。

「ジュード様、今日は外出の予定ですのでこちらに着替えて下さい」
「え……?」
「後はわが社のエージェントが時間に迎えに来ますので、それまでにお願いします」

その人に渡された余所行きのような服に、16年間穏やかだった鼓動が高鳴るのを感じた。
あの男が言う“終わり”が来たのだと思い、その服に着替えてエージェントを待つ。
しばらくしたらエージェントと呼ばれる人とあの男が一緒になってこの部屋に入ってきた。

「道標がもうすぐで感知できそうだ、その前にお前には一度分史世界に行ってもらおうと思ってな」
「みちしるべ……? ぶんしせかい……?」
「まぁ、いい。お前はただ生き延びてその世界にある“もの”を持ち帰ればそれでいい」
「……」
「難しく考えるな、全ての指示はエージェント達が出す」

僕はわからないだらけの単語を納得させられ、その男とエージェントに付いてこの16年を過ごしたはずの部屋を出る。
エレベーターに乗り込み、一階に着いた時の光の眩しさに脳天がクラクラとしたがそれ以上に胸は高鳴っていた。

「ジュード様、今回はガリー間道から侵入致しますので少し場所を変えますが付いてきて下さい」
「……はい」
「お前たち、これは貴重な鍵だ。失う事は許さない」
「はっ」

僕はエージェントに連れられガリー間道と呼ばれる場所へと向かう。
その場所に着き、エージェントが手元の懐中時計を弄れば時空が不可思議な事になるのを感じた。
世界の色が変わる、というか世界が捩じれて僕の居た世界とは別の場所に連れて行かれる。そう、感じた。

「これはクルスニクの鍵か……ふ……」
「き、貴様は原初の三霊クロノス?! 糞っ、社長が恐れていた事がこんなにも早く……!」
「とにかく分史世界に入ろう、ジュード様を見失っては我々は……!」

僕の後ろの耳元からエージェント達の慌てふためく声と無機質な声が聞こえたが僕は何をする事も出来ず変化の渦へと飲み込まれていった。
そしてその渦が落ち着くと僕は元居た場所ではなく果実の良い香りがする果樹園のような場所に居た。
たまに三食に出される果実の匂いにとても似ていた、たしかこれはパレンジというものだろうか。

「そういえば……あの人たちが居ない……?!」

果実の名前はわかったのはいいが、先ほどまで一緒に居たはずのエージェントが居ない事に不安を感じる。
しかし今のこの状況は僕にとっては自由でしかなく、このまま見つからない何所かへ行ってしまいたいとふと思ってしまった。
そんな思いをよそに、僕の背後からは落ち着きのない足音が聞こえてくる。
きっとあのエージェントだろう、僕の自由は短かったなあ、なんて思いながら振り返ればそこに居たのはエージェントではなく茶色のコートを身にまとった20代後半の男だった。

「ジュード!!!」
「……?」
「お、お前……ジュードだよな……ジュードなんだよな?! ……っ」

その茶色のコートの男は僕の元に駆け寄り僕を抱きしめ、僕に付けられていた名前を何度も呼んだ。
いきなりの事に僕は動揺し、抱擁されるがまま僕はその場所に立ちつくした。

「……俺、ずっと……お前を殺したと思ってた……ずっと後悔してこの場所に近寄る事ができなかった……でも生きてるんだよな……ジュード……!」
「あの……」
「……悪い……あれだけ、お前を傷つけておきながら虫の良い話だったよな……」
「僕の名前はジュードです……けれど、貴方の事がわからない……」

僕が彼に言葉を伝えれば彼は混乱するように僕の顔をじっと見つめた。
しばらく目が合うと、彼は再び僕を抱きしめその腕に力を込めた。

「お前は間違いなくジュードだ……、姿も何もかもあの時のままだ……だとしたら、上から落ちた時に記憶が……」
「……?」
「それでもいい……俺は、もうお前を二度と失いたくない……記憶が戻らなくてもずっと傍に居る……ジュード……」

僕は彼の中で記憶喪失という事になっているのだと気づく。
僕は彼の想う人とは別人に違いないが、彼が僕を見る顔を見ているとどうしても別人だとも無関係だとも言うことはできなかった。
それに僕と彼の想う人はとても似ているらしく、僕の中に記憶がないとしか彼は思っていなかった。
一人でどうする事も出来ない僕はこのまま彼の想う人であるフリを続けようと思った。


『巡る器の還る場所』

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