僕らの旅が終わり、皆が別々の道を歩き出した。
その事に寂しさは残るけれど、余韻に浸る暇なんて僕には残されてはいなかった。
ただ、この心に空いた空白には何が埋まっていたのだろう。
思い出を回想したその時に空白に残る寂しさは何で満たして欲しいのか僕にはわからなかった。

「浮かない顔してどうしたんだい」
「あ、バランさん。ちょっと1年前の事を思い出していたんです」
「だからそんな切なそうな顔をしてるんだ」
「僕、そんな顔してました?」
「してるよ、だからこうやって声をかけたんだ。マクスウェル様の事かい」
「違う、と思います。多分、そうだったら研究の手が止まる事なんてないと思うから」
「難しいお年頃だね」
「……からかわないで下さいよ」

学会の資料を作る為に本を捲り、懐かしい場所や物事の頁に触れるとどうしてか作業が進まなくなった。
その事にバランさんは気づき僕に声を掛ける、僕の表情は明るくはないらしい。
懐かしいものに触れる度に心の空白、寂しさが僕を蝕む。
ただ僕は寂しがっていて、何にその寂しさを埋めて欲しいかがわからないまま時が流れた。

「そうそう、また今日アルフレドが荷を持って来るから預かってくれないか」
「バランさんは外出されるんですか?」
「……そう--だね」
「?? なんか僕変な事でも聞きました?」
「いや、なんでもないよ。ただ、元気が出たみたいで何よりだよ」
「そうですか……?」
「そうだよ。じゃあ留守番頼んだよ」
「はい」

そう言ってバランさんは研究室から出て行った。
落ち着いた所で資料を作成しようと本を再び手に取り作業を進めた。
アルヴィンがここやってくるのはいつぐらいになるだろうか、そんな事をぼんやりと頭の考えつつ筆を持つ手を早めた。
アルヴィンが前に荷物を届けに来たのはあと数刻後だからちょっとは時間がある、なんてアルヴィンが来る時間を熟知している事と彼に会える事を喜んでいる事に気付く。
僕は少なからずアルヴィンに会いたいと思っているのだろう。

「おーい、優等生……。ジュード、起きろよ」
「……へ、あっ、僕寝ちゃってた?」
「そりゃまぁぐっすりと。俺が来てから1刻ぐらいは寝てた」
「起こしてくれたらいいのに、……ふふ」
「んな気持ち良さそうな顔してる奴起こせるかよ、何だよ、何か変な事でも言ったか?」
「アルヴィンに会いたいなって思ってたから嬉しくて、これ、コート掛けてくれたんだね。ありがとう」
「急に変な事言うなよ」
「ごめん、ただアルヴィンに会いたいなって思ってて気付いたら寝ちゃってて起きたらアルヴィンが居て少し嬉しいんだ」
「だったらせめて起きて待ってて欲しいもんだけどな」

アルヴィンのコートを手に取りアルヴィンに手渡すと、バランさんが依頼したという荷物を替わりに受け取った。
片手で持てる程の大きさの段ボール、重さはまったくない。
研究の機材や材料にしては小さいし軽過ぎる、資料にしては箱が大きい。

「アルヴィン、いつも持って来てくれてるけどこれって何?」
「ジュードは知らなくていいんだよ」
「ごめん、プライベートな事聞くつもりじゃなくて……」
「あーわかってるわかってる。しっかし外面は変わっても内面は全然変わってないんだな」
「どうせ気にし過ぎとか言いたいんでしょ」
「まぁな」

そう言ってアルヴィンは僕を茶化すように笑った。
外見はアルヴィンやバランさんに見繕って貰ってそれなりには変わったけれど、内面に至ってはそう変わるものでもないだろう。
むしろあの後からずっと研究所に籠りっぱなしなのだから変わってた方が変かもしれない。
ただ、一つ胸の中に残る寂しさが産まれたという事を除いては。

「そうでもないかもよ」
「おいおいバランに感化されたとかやめてくれよ、あんな嫌みったらしはアイツだけで勘弁だぜ」
「そう言ってもバランさんは大切な友人なんでしょ、僕はアルヴィンからしたら大して変わってないかもしれないけどたまに寂しいって思うようになったんだ」
「それは……」
「うん、僕はずっとそれが嫌だった。でもそういうのじゃなくて僕が会いたい誰かに会えないのが寂しいって。それって昔の僕とは違うでしょ」
「でも肝心な誰は誰かわかってないんだな」
「でもいいんだ、目が覚めてアルヴィンが側に居てそれで嬉しいと思ったから」
「ジュード……」
「ごめん、なんか変な事言っちゃったね」

今更自分が言った事に恥ずかしくなり、笑って誤摩化した。
けれどアルヴィンは僕に同調して笑う事もなく下を向いて黙り込んでしまった。
でもアルヴィンが来てくれた事が嬉しい事には変わりはないから否定をする事はやめた。
ただ、この無言が苦しくなり何かを喋ろうとした時アルヴィンは口を開いた。

「……ジュード、その箱開けてみろよ」
「これ? でもさっきアルヴィン知らなくていいって……」
「いいよ、開けろ」

催促されるようにアルヴィンが持って来た段ボールを開けると、パレンジが一つ入っていた。
研究に必要なものでもない、ただの果実。
トリグラフまで行けば買える物を何故バランさんはアルヴィンに運ばせているのだろう、と僕は考えた。
しかし"何故"が解ける前にアルヴィンはまた口を開く。

「俺がこれを届けるのはジュードに会いたいからだ」
「え……?」
「俺も寂しいと感じてた。だけど何でかわからないけどジュードと会ってる時は寂しいなんて思わなかった」
「アルヴィン……」
「そしたら無性にジュードに会いたくなって、バランに頼んだんだ。俺はジュードに会えたらそれだけで生きていけた。だからジュードが寂しくて苦しんでいるなら俺が満たしてやりたい……って……柄にもねぇ事言っちまったけど……嘘じゃないから」

アルヴィンから告げられた言葉に僕の体温が熱くなっていくのを感じた。
その言葉を聞いて躊躇いも無く弾む僕の心はきっと彼を待っていたのだろう。
こんなにも嬉しいのだから。
だとしたら彼に伝える言葉なんて一つしかなかった。

「アルヴィン、『僕を満たして』」

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