ユルゲンスとの打ち合わせ、取引先への商談、バックヤードの整頓。
時計を見れば時計は夜の10時をまわっていた。

「こりゃあ、今日もジュードの寝顔しか見れそうにないな」

ジュードがエレンピオスにやって来た時、同棲しようと持ちかけた。
元々旅の間はずっと一緒に居た事もあって、ジュードも了承し2人の生活が始まった。
しかし双方の仕事が忙しくなれば、寝顔だけを眺める生活に変わっていた。


『恩恵』


家に帰れば、時刻は既に0時過ぎだった。
ジュードといえば読書でもしていたのか器用にも椅子に座ったまま寝ていた。
本を手に取り、そこらへんの紙を差し込みジュードを持ち上げベッドに向かう。
ジュードの体をベッドに下し、頬に唇を落とせばくすぐったそうにしていた。

「社会に出ても10時に眠くなるなんて、変わらないなぁ。なぁ、ジュード」
「……」
「おやすみ、ジュード」

翌朝目覚めれば、俺の腕の中は既に空っぽでジュードの居た温もりだけが残っていた。
今日は朝から商談だった為、すぐに布団から抜け出し机の上に置いてあった手製の飯を食べる。
商談相手は現市場で莫大なシェアを持つ企業、身だしなみはいつもより気を使った。
気合いを入れた出発が、企業到着数分後で嫌な思いになるとはこの時点では思っていなかった。

「リーゼ・マクシア産のフルーツねえ。たしかに鮮度の質もエレンピオス産より良い」
「いずれは何処の店にも並ぶと思いますよ、リーゼ・マクシアの特産物が」
「今じゃうちの会社は発言をしていないが、異界炉計画推進派だった我が社がねえ」
「世界が開かれたんだからそんなのはもう古い話だと思いますよ」

リーゼ・マクシアのフルーツを流通させようとしている人間に対して、異界炉計画なんて言葉が出るとは思いもしなかった。
世界が開かれた今でも心の中に断界殻は存在していて、双方歩み寄れない現実がこの世界にはあった。
もやもやした思いを抱きながらも、この商談を成功させなければ。そう考えていた。

「しかも貴方の相方はリーゼ・マクシア人だと聞きましたが、うちの社長は反リーゼ・マクシアでねえ。それに貴方の素性を少し調べさせて頂きましたが、断界殻開放に加担しているそうじゃないですか。自分からはとてもじゃないですがこの商談を上に言う事なんてできませんよ。ただー、あなた一人を社員として置き、これにより卸金額が減れば社長も首を縦に振るかと」

この商談を成功させなければ。そう考えていた。
しかし相手先の出方は、いつかのラカノン商会を彷彿とさせる厭らしさに満ちていた。
一分一秒でも長くこの会話をしたくないとさえ思った。
きっと過去の自分なら適当にヘラヘラ笑って、話を合わせて、どうにかなる程度にしか思わないで嘘ばかりを吐くのだろう。
けれどそれはもう止めると決めた俺にはそんな安い言葉で揺れはしなかった。

「悪いがその条件なら飲めない、せっかくの話だが無かった事にしてくれ」
「ビッグチャンスを逃しますか、まぁどのみち長くないでしょうね」
「おいおい何言ってるんだ、ビッグチャンスを逃したのはおたくらだって事を痛感する日が来る事になるさ」
「ははっ、精霊様にでもお願いするんだろう」
「残念ながら精霊様は人間が好きなんだがこういう商売は疎いんだよ」

皮肉だって軽蔑だって好きなだけ言え、そう吐き捨てるようにこの商社を後にした。
莫大なシェアを誇るこの企業に契約を取るどころか盾を突く事になってしまい、ユルゲンスを失望させてしまうのではと不安が過るがあいつだってこんな事は許さないだろう。
前はこんな風に人を信頼する事はなかったが、正直に生きたら意外と人を信用し信頼している自分が居る事を改めて知った。
そういえばあいつらはそういう風に生きてたから、俺を信じようとしてくれたのか。
昼下がりのトリグラフの空の下で俺はそんな些細な事に気付いた。

「アルヴィン、早かったじゃないか」
「ユルゲンス――、あの取引の話なんだが……」
「何かあったのか?」
「実は――」

商社で起こった事をユルゲンスに全て話す。
普通の会社ならば首が飛ぶ場面、ユルゲンスの事は信頼しているが話しているうちに自分の視線が下がっている事に気付く。
俺の癖に、いつのまにか不安という感情が芽生えているのだろう。

「それは大変だったな、アルヴィン」
「……それだけか?」
「他に何か言って欲しいのか?」
「なんかこう、説教でも食らうかと思った」
「そんな事思ってないだろう。普通だったらお咎めが必要な所かもしれないが、俺はお前を相方として友として誇りに思うよ」
「……ユルゲンス……」

契約は一つ失ったが、大切なものは何一つ失っていない事に安堵した。
そんな俺をユルゲンスは大げさだと笑ったが、俺にとっては大事な事だった。

「アルヴィン、今日は在庫整理は俺がやるからお前は先に帰れ」
「でも、お前イスラの面倒見ないといけないだろ」
「今日はいいんだ、替わりに見ててくれる人が居るからな。お前こそ10時近くになると時計見ては溜息吐いてばっかりだろう」
「バレてたか」
「まぁな。お前の事がだんだんわかるようになったからな」
「じゃあ今日は久々に出来立てのジュードの飯が食えそうだな」
「そうするといい」

足早に自宅への道を進み、勢い良くドアを開ければジュードが飯の支度をしていた。
ジュードは時計を見て、驚いたように俺を出迎えた。

「アルヴィン、今日は早いんだね」
「あぁ、久々にジュードの飯も食いたいし寝顔以外の顔が見たいからな」
「そういえば起きてるアルヴィン久しぶりに見るよ」
「俺は久々に寝落ちしてないジュードを久々に見るんだけどな」
「そうだね」

しばらくした後、机の上にはジュード手製の料理が並び始めた。
昔もこうやって待ってたらジュードの料理が運ばれて来た事を思い出す。
あの頃と今では俺の心持ちは違うが、ジュードの料理の美味しさは相変わらずだった。

「あー俺、幸せかも」
「何? 急に」
「信頼できる相方が居て、伴侶が居て、家に帰れば美味しいご飯を作ってくれる事」
「些細だけど大事な事だね」
「あぁ、すげー大事だよ。もしかしたら一番大事かもしれないな」

時刻は7時過ぎ、ジュードは愛らしく俺の向かいに座って微笑んでいる。
正直に生きるという恩恵がやってきた、夜の7時過ぎ。

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