死ネタがあるのでご注意下さい。
分史世界への座標の偏差は0.05。
この数値はヴィクトルと出会った時の偏差と同じ値。
つまり僕らの現実と近い世界。
何かの可能性で起こりうる未来の世界、何かを間違えて進んだ過去の世界への座標が送信された。


『墓標に刻まれたこの世界の異変』


ルドガーと共に分史世界へ渡れば進入点はニ・アケリアだった。
ニ・アケリアの人口が僕らの世界と変わらない事からミュゼの襲撃を受けた後、つまりエレンピオスとリーゼ・マクシアを阻む断界殻が一時的に開かれた後の世界なのだろう。
一時的、というのはこの分史世界にはまだ断界殻が確かに存在したからだった。

「……ジュード?!」

時歪の因子の情報を探ろうとニ・アケリアを散策していると女の子の声が聞こえた。
振り向いてみると1年前の姿と衣服のエリーゼだった。
側にはローエンが居て、おそらくこの世界の僕と間違えているのだろう。

「……ジュード、探しました……!! ずっと探したんですよ……!!」
「エリーゼ……ごめんね、心配かけたね」
「心配かけたねーじゃないよー」
「ジュードさん、私たちはジュードさんとレイアさん、アルヴィンさんと連絡が長い間取れなかったのです。ですのでこうして、街を探しまわっていた所なんですよ」
「ローエンにも面倒かけちゃったみたいだね、ごめん」

ローエンとエリーゼとの会話からこの世界の情報を統合しようとこめかみに指を当てる。
僕とレイアとアルヴィンが行方不明、この時期が重なるのはおそらくジルニトラでミラの魂が精霊界に還った後だろうと推測する。
ローエンの言う名前の中に"ミラ"が含まれていないのが何よりの証拠だと思った。
ただこの段階でレイアはエリーゼ、ローエンと連絡を取り合っていたはずなのがレイアまで行方不明という事に引っかかっていた。
だとすれば、何かあるとしたらあの小屋で何かが起こったに違いない。
僕はこの会話からそう感じ取った。

「じゃあレイアとアルヴィンを探しに行こうか」
「もう殆手を尽くして探しましたが、一つずつ探してみましょうか」
「そう……ですね」
「その前に、この街の人に頼まれ事をしててそれがちょっと長く掛かりそうなんだ。だから2人はイラート海停で先に捜索しててもらっていいかな」
「それぐらい終わるの待ちますよ?」
「水臭いぞー」
「ううん、捜索の方が先でしょ。きっとレイアもアルヴィンも2人の事探してるかもしれないし」
「そうですね、ジュードさん。ではイラート海停の宿屋で待ち合わせという事にしましょうか」
「うん、ありがとう。2人共」

このまま2人が着いて来てしまったら、時歪の因子の捜索と破壊に影響が出ると感じ別れる事にした。
何より、時歪の因子が取り憑いていない現実世界の2人と変わらないこの世界の2人が目の前で消えるというのは堪え難かった。
そして僕はルドガーに心当たりがあると告げあの小屋があるハ・ミルへと急いだ。

「ジュード、心当たりがあるっていう小屋はここか?」
「うん……僕の予想が当たっていたらここで何かが起きて歴史が変わってしまったと思うんだ。……ってルドガー小屋の入り口はこっち」
「……いや、時歪の因子の気配は小屋の裏手から感じる」
「裏……? ………これってお墓……? これが……時歪の因子……?」
「間違いないと思う」
「でもこれ……エレンピオス文字で書いてある、断界殻は閉じてるはずなのに……?! え……?!」
「ジュード・マティス……レイア・ロランド……此処に眠る……」

僕が墓標の文字を読むのと同時にルドガーがエレンピオス文字を朗読する。
その墓は僕とレイアの墓だった。
僕達が通り過ぎた過去に何かしらの分かれ道があり、その一つの限りなく起こりうる未来、選択肢の一つの分史世界。
何か一つ間違えてしまえば僕とレイアは死んでいた、そう思うと胸が苦しくなった。

「誰だ、お前等は」
「……!! アルヴィン?!」
「……?! ジュード?! 何でお前が……何でお前が此処に居る?! お前は俺が……殺したはずだ……!」

この世界のアルヴィンがそう叫び僕に銃を向けた。
今、彼はこう言った。
僕を殺した。つまり、此処はあの時アルヴィンが僕とレイアを殺した世界なのだと。
でも僕は知っている。彼は本当は殺すつもりなんてなかった事を。

「ジュード……?!」
「ルドガー、ごめん。ちょっと時間くれないかな……大丈夫、……彼は撃てない」
「何だよ……コソコソ話して。……お前を殺した俺を化けて復讐しに来たのか?!」

僕が今からする行為は無意味。
だってこの世界はあの墓標を崩せば終わる世界なのだから。
でもこの世界には壊す前に止まったままの、停滞して進む事ができなくなったアルヴィンが居る。
偽善者だと鼻で笑われたって良い、この世界の僕が救えなかった彼を救いたいと思った。

「近づくな……!! また、撃たれて死にたいのか」
「アルヴィン、アルヴィンがしたかったのはこんな殺し合い? こんな事してもミュゼがエレンピオスに連れて行ってくれなかったからこんな所に居るんだよね」
「俺は……」
「アルヴィンは本当は殺すつもりなんてなかった、ただミュゼの口車に乗る事が自分のやるべき事だと思って与えられて満足しただけでしょ」
「近寄るなって言ってんだろ!! ……何でお前にそんな事を言われなきゃいけないんだ!!」

近づいて来る僕にアルヴィンは銃を向けるけれど、銃を持つ手は震えていた。
君は銃を持つ腕をそんな風に震わせる事なんてなかった。
その技術で僕達は生かされて来たから、キジル海幕、カラハ・シャール。辿った過去にアルヴィンの腕が震える事はない。

「アルヴィンは僕とレイアを殺して居場所ができた?」
「……」
「きっと他の皆を殺したってアルヴィンの居場所なんかないよ、今のアルヴィンに居場所があるなら僕とレイアの墓を作って悼む事なんてないよね」
「……居場所なんてこの世界にはない、ジュードとレイアを殺して……殺すつもりなんてなかったのに殺して……俺は本当に孤独になった……こんな事をした俺を誰も許す訳なんかないって!!」
「そうだね、アルヴィンのした事は許されない。でもアルヴィンがする事は僕に銃を向ける事でもこんな所で止まってる事でもない」
「じゃあ……何すればいいんだよ……どのツラ下げて生きて行けばいいんだ?!」
「それはアルヴィンが自分で見つけなきゃ駄目なんだ!」
「そんな勝手な事言うなよ……!!」

アルヴィンは叫ぶようにそう言った。
彼を立ち直らせたい、こんな無駄な事に意味なんてないけれど諦めたくはない。
前を向いて欲しい、僕達の世界のミラの言った事が頭に浮かんだ。

「例え受け入れられなくても許されなくても生きないといけないんだ、誰もアルヴィンに命令や使命を与えてくれなくても前に進まないといけないんだ」
「……そんな茨の道を進めって言うのかよ」
「それだけ人の命は重いんだ」
「……」

震えるアルヴィンの手から銃が落ち、地面へと落下した。
アルヴィンは顔を伏せて俯いている、きっと僕とレイアを殺してからずっとこうだったのだろう。
僕達の世界のアルヴィンは最後は僕達の元に帰って来た。
しがみつかなきゃいけない。そう言ったアルヴィンは今では僕の大切な仲間。
だとすれば目の前に居るアルヴィンは帰るべき場所がわからない迷子なのだろう。

「……行き先がわからないのなら、イラート海停に行けばいいよ。きっとアルヴィンの居場所になるよ」
「……なんだよ、それ……」
「そこにアルヴィンを待っている人達が居るから」
「言ってる事キツいんだけど」
「それが僕の願いだから」

落ちた銃を拾い、アルヴィンの手を取りその銃を渡す。
傲慢な僕の思いがアルヴィンを混乱させているとは思う。
けれど僕は信じていた、あの時のように進んでくれる事を。

「……お前はいかないのか……」
「僕は行けないよ。君の想うジュード・マティスは此処に眠っているから」
「……そうだったな……」
「だけど、僕は信じてるよ。……アルヴィン」

アルヴィンはゆっくりと後ろを向き、イラート街道への道へ進んだ。
僕は背後で待っていたルドガーに合図を送ると、ルドガーは墓標に向かい槍を向ける。
そして彼が貫くとこの世界は音を立てて消えた。
墓標も消え去り、ただの地面へと変わった。

「ジュード、大丈夫か」
「うん……僕のした事に意味なんてない。偽善だってわかってる。それでもあんな所でひとりぼっちで居るアルヴィンを放っておけないんだ」
「お人好しだな」
「うん、わかってる。僕の我侭に付き合ってくれてありがとう、ルドガー」
「あぁ、構わないよ」

いつだって君には前を向いていて欲しい、僕の想うアルフレド・ヴィント・スヴェントとそう約束したから。
いつだって君に手を差し伸べられる、君の想うジュード・マティスで居たいから。
--僕は消えた君の姿に向かって小さく、さようならと呟いた。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -