チャプター14のお話に添うので死ネタが含まれます。
俺の身体は黒匣により生命を維持されている。
身体の中に埋め込まれた黒匣が無ければ起つ事さえ歩く事さえ適わない。
只でさえ後ろ暗い生き方しか与えてくれなかった世界が俺に与えた大きな歪みは俺の価値観を異常とするのに十分だった。
しかし世界は俺を見捨てなかったようでとある医者のかつて無い技術により俺は生き延びる事が出来た。
処置した医者に対し俺は素直に感謝する事はできなかった。
異常だったからだ。
こんな運命と身体を背負うならそのまま殺してくれれば良かった、俺はその医者に向かってそう言った。
そしてその医者は俺の前から、この街から、この世界から姿を消した。


『Oh My Angel,Little devil.』


エレンピオスとリーゼ・マクシアとの戦争が終わりしばらくしてからの事だった。
とある新聞の記事に俺は目を引かれた。
この世界を一つにする行為に加担したリーゼ・マクシア人が源霊匣という黒匣の代用品を広める為の学会を開くというものだった。
黒匣に適うものなんかある訳ない、馬鹿馬鹿しい、そんな考えを浮かべながら記事を見ていた。
そして俺はそのリーゼ・マクシア人のファミリーネームに心を惹かれる事となる。
マティス。そう、マティスは俺の命を救った男のファミリーネームだったからだ。

そしてビズリーからの指令でルドガーに関わりを持った時に彼と調節で出会う事となった。
初対面の反応は良かった。あのぶっきらぼうのディラックの息子なのかと疑う程彼は俺をやすやすと信用した。
しかしその後のルドガーへの借金の話で彼は途端に俺の異常について指摘をした。
その会話の瞬間にこいつはディラックの息子にだろうと確信をした。

俺は当時こそ生を与えたディラックを恨んでいた。
無論俺は相変わらずこの生と運命を憎んでいた。価値観や性格が異常なのは変わらなかった。
しかし己も医療への道へ進み自分の身体に埋め込まれた黒匣を研究する頃にはディラックへの恨みは消え去っていた。
恨みはいつの日かディラックを救世主とさえ思うようになった。
だとすればこの息子は俺にとって救世主の産み落とした天使に過ぎない。
ただ、俺にはこういう相手に対する表現を知らなかった。憎しみと恨みを与える方法しかわからないのだ。

そして俺は彼を喜ばそうとミラ=マクスウェルを召還したが彼を怒らせたに過ぎなかった。
何故喜ばないのか俺には理解できなかった。
分史世界と分史世界の人間をユリウスと競うように破壊し殺害を繰り返す異常に慣れた俺にはきっと永遠に理解できないのだろう。

その異常な解釈が再び彼の怒りを買う事になる事が起こった。
あれはミラ=マクスウェルを召還し、しばらく経ってからのドヴォールでの路地の事だった。
あのスヴェント家の長男の男があの子供を覆い隠すように路地裏でキスをしていたのだ。
治安の悪いドヴォールによくある風景だが、あの男の影から白衣がわずかに見えるのを俺は見逃しはしなかった。

「熱いねえ、こんな路地裏で」
「っお前は……!」
「……リドウさん、何か用でもあるんですか」
「おぉおぉ怖い怖い。そんな邪見に見ないでくれよ。ただ、君の為にマクスウェルを召還したのに全然喜んでくれないと思ったらこういう事だったからなんだなって思っただけだ」

俺の本心を包み隠さず話せばこの2人は怒るように俺を睨んだ。
彼がマクスウェルの召還に喜ばないのは、彼が必要としているのは彼女ではなくこの男なのだと解釈した俺は間違っていたのだろうか。

「冗談でも、そんな事言わないでよ……!!」
「冗談? これが俺の本心だ。君の為にマクスウェルを召還したとも言えるのに。残念だよ」

一歩一歩この2人近寄れば、男はホルダーから銃を取り出し俺に向けた。
血の気が早い事だ、と一言呟いて更に近寄れば2人共武器を装備し空気は更に張りつめた。

「安心しろよ。こんな所で騒ぎを起こす気はないし、君たちの方が不利だろう」
「……それ以上近づくと、撃つぞ」
「スヴェント家当主の長男にして元アルクノア。こんな男をよく信用できるな。君の両親は随分君をお人好しに育てたみたいだな」
「僕はアルヴィンを信用してる、少なくとも貴方みたいな人に貶されるような人じゃない!」
「おや、随分信頼されてるんだな。そういう物言いは本当そっくりだな」
「……? どういう意味だ、リドウ」
「……これはまだ君たちが辿り着いて良い真実じゃない、だから閉口させてもらうよ」
「……意味がわからないよ……!」
「わからなくていいんだよ、ただこの男を信用している事を心底後悔する日が―おっと、時間だ」

来る事を願っているのか来ない事を願っているのか、それがわからなくなり時間を言い訳に彼等から離れた。
彼等は俺の事を不審そうに呆然と見つめ俺が路地を過ぎると武装を解除したようだった。
異常という言葉に皮肉という言葉を交えるだけで本心は随分隠れるものだが、何故か言う気にはなれなかった。

そして日は経ち、クランスピア社の地下訓練場にて彼に己の生の事実を伝えた。
彼はたいそう驚いたようだった、しかしその事実に彼は拳を弱める事はなかった。
救世主に救われた命を天使が否、悪魔が終わらせようとするなんて皮肉だ。
寧ろ終わるならこの悪魔に組する奴に殺された方が俺にとっては幸福なんじゃないかと感じた瞬間俺に向けた刃物は俺を仕留める事はなく俺はまた生き続けてしまう羽目となった。

どいつもこいつもお人好しばかり、俺の頭の中にはそんな言葉は存在しない。
そんな俺の口から出た最大限の彼等を思った皮肉では俺を彼等は殺してはくれずまた生き延びてしまった。
しかし生き延びてしまった命もその直後に失う羽目となり、俺はビズリーの野望への橋となった。

その瞬間俺は初めて生きたいと願った。
俺はビズリーに使われる為に生かされたのではない、そう否定したくなった。
なあ、そうだろうディラック。
なぁ、そうだろうディラックの遺伝子を次ぐ息子とその仲間達。

俺はまだ生きたい。
何故ならまだディラックに何も言えていない。
お前の息子にあの言葉の続きも言えてない。

俺は、まだ、生きていたかった。

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