俺の従兄バランは昔から頭が良くて賢くて口喧嘩にさえ勝てる事がなかった。
それは20年経った今でも変わる事がなく、安心と同時に恐怖の対象でさえある。


『でも背中にしあわせを隠し持ってるんだ』


「おい、バラン頼まれて...」

俺がバランに頼まれ物を届けにヘリオボーグ研究所へ行く事は多い。
それはくだらない物から研究に必要なものまで様々で俺を研究所の雑用とでも思わせるぐらいだった。
その反面仕事の相談を乗ってもらう事も多いので、その機会を与えられてるようで頼りがいのある従兄だった。

しかし、ヘリオボーグに居るのはバランだけではなかった。
イル・ファンで「また縁があったら」と言って別れたジュードもそこでバランと共に研究をしている。

「ここ、こうしたらいいんじゃないか」
「あっ、そうですね。ありがとうございます、バランさん」

俺が入ってた事を気づかずに話を続けるバランとジュード。
バランを見上げるジュードを見て、胸がチクりと痛む。
そしてそれを気づいたかのようにバランがこちらを見て、ニヤニヤと笑う姿に苛立ちがつのる。

「あ、アルヴィン!ここの所多いね。ありがとう、大変だったでしょ?」
「いいよ、これくらい」
「アルフレドもう帰るのか?コーヒーぐらい入れるのに」
「商談があるんだよ、じゃあな」

商談まで時間は十分にあるのに、この場所に居るのがなんとなく辛かった。
バランは俺がジュードに気がある事を知っていて、こういう振る舞いをする。
子供の悪戯めいた行動が好きな所は昔から変わらず、相変わらず俺は被害者のままだ。


「おや、アルフレド。商談はもう終わったのか。ジュードくんならもう帰ったよ」
「そうか」
「冷たいなあ、一緒に旅をした仲間なんだろ。それに..」
「お前の言いたい事は想像できるから、言わなくていい」
「本当にわかるのかい」
「あぁ、どうせ、ジュードの事が好きなのに機会を逃すなんて愚鈍だなあとでも言いたいんだろ」
「ふふ、ハズレ」

商談が終わり、バランと一杯でも飲みに行こうと思いヘリオボーグに寄った。
そしたらジュードはもう既に帰っているようでバランがいつものように嫌みを俺に言おうとする。
でもだいたいバランの言いたい事なんか目に見えて分かっていた。
しかし、今日だけはバランの嫌みは俺の予想と外れたようだった。

「アルフレドは本当愚鈍だなあ」
「合ってるじゃねえか」
「この先には続きがあってね、本当にジュード君はいい子だなあって」
「バラン、まさか」
「そのまさかかもね。だって彼はとても良い子だし、僕は彼と一緒に居る時間も長いしありえない話じゃないだろう」
「...」
「おいおい、引き下がるのかい?そもそも傷つけたぐらいで彼に近づく事に億劫な君にはしても無駄な話だったかな」
「...俺はお前が思っている以上にあいつを傷つけた、そんな俺には端からあいつの幸せを見るだけでいいんだ」
「じゃあ、いいのかい?僕が彼の事を取ってしまっても」

良い訳なんかなかった、でもあれだけ傷つけたはずのジュードを想ってるなんて自分勝手すぎると思った。
もしまた自分がジュードを傷つけてしまったらと思うとこの好意を行動に移さない方が良いと思ってしまう。
でも実際にジュードへの好意を聞いた時はやはり良い気はしなくて胸がチクりと痛む。

「...バラン、お願いだ」
「なんだい、アルフレド」
「一日だけ、...一日だけ待って欲しい」
「アルフレド、そういえばジュード君は僕のマンションの2階に引っ越したんだ」

恋敵に塩を送るなんて、と思いながらも勢い良く研究室から飛び出しトリグラフへ向かった。
息を切らしてロドマンションに向かい、表札にジュード・マティスと書かれた部屋をノックする。

「誰....ってアルヴィン?!どうしたの、そんな息切らして」
「ジュード..」
「とりあえず立ち話も何だし部屋に入ってよ。何か飲む?」
「あぁ、何でもいい」

なんとも情けない姿だ、息ぐらい整えてからノックすれば良いものなのに。
それ程までに俺は焦っているのだろうか、端から幸せな姿を見ているだけで良いと思っていながら。

「アルヴィン、そこ座って。はい、これコーヒー」
「サンキュな」

ジュードから手渡されたコーヒーを啜りながら、自分の頭の中が想像以上に混乱している事を自覚する。
バランに言われたままこのマンションへ走ってしまったから、何一つ自分の中で答えが出ていないのだ。
しかしこんなに急いで来たのに、無言なのはさすがに感じが悪すぎると思い口を開いた。

「その服、着てくれてるんだな」
「うん、アルヴィンが選んで買ってくれたから」
「でもトリグラフに来てもっと良い服沢山あっただろ」
「僕、そんなに洋服に拘らないしせっかくアルヴィンが買ってくれたのに着ないなんて勿体ないでしょ」

ジュードは相変わらず優しく、まるであの事を気にもしないような振る舞いだった。
もしかしたら内心では、と想像するもこのお人好しがそんな事を考えるようにはどうしても思えなかった。
しかしそれでも自分の頭の中でジュードへの想いを口にするかどうかは定まってはなく、無駄に時間だけが過ぎて行く。

「アルヴィン?そういえば、何か用があったんだよね」

ジュードも少し不自然を感じたのか俺の顔を見入って首を傾げて聞いて来る。
自分の中で交錯していた気持ちをなんとか一つに留めようと大きく深呼吸をする。
そうだ、そうもそもイル・ファンで縁があったらと別れたはずだった。
なのにこうして再び共に過ごせるのは縁があったからだと信じて重い口をゆっくり開く。

「...ジュード」
「どうしたの、アルヴィン?」
「...自分勝手な話なんだけど、ジュードが...好きだ」
「...アルヴィン...」
「今まで散々裏切って、お前を殺そうとまでした...お前への想いに気づいて、また傷つけてしまうかもしれないと思った。だからお前の進む道に俺は居ない方がいいと思った...だけど、お前が他の誰かの隣に居る事を想像したら辛いんだ...」

ジュードへの想いの言葉を全て吐き出し、この部屋に、世界に居る事すら辛いと感じた。
しばらく空く間が、死刑を待つ囚人のような気持ちにさえ思えた。

「アルヴィンは..ずるいよ、そんな事言わなくても僕もアルヴィンが好きだった...。だから..泣かないで..」

無意識のうちに流した涙がぽたり、と手の甲に落ちる。
ジュードに好き、と言われたはずなのに直前に言われた"ずるい"という言葉が心に残る。
確かにこんな台詞を泣きながら言われたら、同情されても仕方ないと思った。

「傷つけたとか、傷つけられたとか...そんな事関係なくアルヴィンが..好きなんだ。だから..アルヴィンがそういう風に自分を卑下する事が辛いよ」
「...そんなつもり...なかった..」

ジュードの俺への好きが同情だと一瞬でも思ってしまった自分が哀れに思える程のジュードの言葉。
俺がジュードに関わる事によってジュードを傷つけてしまうと思ってる事にジュードは悲しんでいるのだ。
ジュードを好きだと言った癖にジュードの気持ちを何一つわかっていなかった。
自惚れでもなく、ただ自分が思っている以上にジュードは俺の事を思っていてくれた。
それが何より嬉しいと同時に、自分の中にある恐怖はまだ存在し続けている事に不安な気持ちは拭えない。

「...でも、またお前を裏切るかもしれない...傷つけるかもしれない」
「アルヴィン、僕は嘘を吐かないって言ったアルヴィンを信じてる。それにアルヴィンは大切な人を守る為の嘘しか吐かないって僕は知ってる。だから怖くなんてないよ」
「ジュード...ありがとな、信じてくれて」
「うん、..アルヴィン、ちゃんと僕の進む道に居てね」
「..!!あぁ、ちゃんと居るよ」

それから二言三言話して、ジュードの部屋から出る。
そうなればいいと思っていたけれど、予想外のジュードの想いに心を弾ませながらロドマンションの階段を駆け上がる。
そしてバランの部屋の扉をノックもなしに開くとバランはいつものようにニヤニヤと笑みを浮かべながら俺を迎えた。

「ハッピーエンドは迎えられたかな」
「...御陰様でな」
「君たちがあんまりモダモダしてたからつい意地悪したくなっちゃってさ」
「...バラン...謀ったな..」
「だって二人とも僕の大切な友人であり従兄だからね」
「...やっぱりお前の考えてる事は読めないよ」

今回ばかりはバランの悪戯を責める事はできなかった。
本当にバランには適わないと再度自覚した。

「君たちが僕の計らいを悉く無下にするからね。アルフレドの為にジュード君をエレンピオスに呼んだのも僕だし。アルフレドに買って貰ったって嬉しそうに話すジュード君の為にアルフレドに会えるように駆け出しで融通も聞かない商売人を呼んだりね」
「お前って本当一言余計だよな」
「アルフレド、僕はね研究ばかりで恋心ひとつさえ抱いた事がないけれど、こう思うよ。本気で傷つけ合ったからこそお互いを慈しむ事ができるんじゃないのかい」
「ああ、本当に..そう思うよ」

俺の従兄バランは昔から頭が良くて賢くて口喧嘩にさえ勝てる事がなかった。
それは20年経った今でも変わる事がなく、安心と尊敬の対象である。


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Thanks//確かに恋だった

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