あれからというもの、二人の仲は決して深まる事は無く溝ばかりが深まるばかり。
お互いがお互いをないものとして、存在しないと思って窮屈に過ごす日々。
ストレスの限界はすぐに訪れた。
『白昼メランコリー』
「マティスー、ジュード・マティス 居ないのか」
遅刻して登校し、特進科の前を通れば先生が不思議そうにあいつの名前を呼んでいた。
呼ぶだけ呼べば良い、あいつが登校する事なんてないんだから。
遅刻しているのにも関わらずまったく急ごうともしない俺を誰も咎める事もなければジュードの事を聞かれる事もない。
それはジュードがファミリーネームを変えずに居る事から誰も俺とあいつの間の関係を知る事ないからだ。
「消えたら良い、消えてくれ。」と毎日思い続け、その気持ちが増幅する度にすれ違えば、目が合えば、同じ部屋に居れば恨みが積もって行く。
そして今日の朝、お互い登校の為に部屋を出た瞬間に目が合ってしまった。
積もり積もったイライラをそのままジュードにぶつけるかのように、鍵付きのクローゼットに閉じ込めた。
「アルフレド、ジュード君を見てないか?」
「見てないですよ、父さん」
ジュードの不在に父さんもまた不審がっていた。
メイドと執事達も不審そうに館内を探しまわっているが当然出てくる訳もない。
ポケットの中に入ってる鍵を握りしめる。
もうあれから半日以上が経過している、あと少しくらいなら誤摩化せるだろう。
しかし、自分の恨みはあいつを折檻した所で何も晴れてはいなかった。
力技でジュードをクローゼットに閉じ込めた瞬間は酷く満足していたはずなのに。
『やめてよアルフレド!!』
『・・・』
閉じ込めた時はクローゼットの戸を叩く音と中から聞こえる叫び声があれ程煩かったのに。
今は声すらも聞こえない。
むしろ消えてくれてたら嬉しいのに、そう思った。
クローゼットの鍵を鍵穴に刺して回し、扉を開けると手前の崩れ落ちるジュードの姿。
「み...みず......」
「・・・」
都合もよく消えてなんかいなかった。
乾燥した空間に押し込められ、食べ物も水も与えていなかったからか囈言で『水』と呟く。
部屋の観葉植物用に窓辺に置いていたコップを手に取りジュードの頭に大雨を振らす。
「げほっ...っ..はっ...」
「どうしたんだよ、水が欲しいんじゃねーのかよ」
仰向きの状態で器官に水が大量に入ったせいか咳き込むジュードの頭を反転させて水たまりに顔を押し付ける。
ジュードは相変わらずも苦しそうだがそんな事を気にしてやる程俺には余裕がなかった。
「いた、い・・・うっ」
フローリングの水たまりに顔を押し付けられて痛むジュード、なんとか抜け出そうと頭を起き上がらせようとするが無駄な努力にすぎない。
片手を軸に体を起こそうともするがそれも上手く行かず水に滑って再び顔を床にぶつける。
「ア...ルフレド...やめて...」
「...」
静かな声でジュードはそう言った。
俺はジュードの頭を掴む手を退かすと、ジュードはゆっくりと姿勢を戻した。
「アルフレドは...なんで...こんなに僕を憎むの?!」
「お前が嫌いで、消えて欲しいと思ってるから」
「...!!なら、なんでそんな事を思うの?!僕が何かしたの?!」
ジュードは何もしていないのに、ジュードに当たらないと生きれなかった。
だって、ジュードしか恨みをぶつける事ができないから。
でもジュードは、こいつは何もやってない。
「僕は別にアルフレドの父さんを奪いたい訳じゃない...」
「...お前が居るせいで、父さんは父さんじゃなくなったんだよ..」
「...僕が居るから、自分の家族が信用できないの?何も知らなかったから?!」
「...うるさい」
「それは僕の所為なんかじゃない!ここまで育ててくれた人を信じる事ができないのはアルフレドが弱いからだ..!」
「黙ってくれよ...。」
あまりにもこいつの言う事が的確すぎて、反省をする気さえ起きなくなった俺はジュードの口を押さえてクローゼットの扉に押し付ける。
ジュードの体は軽くふらふらとしていた為簡単に扉に押し付ける事ができた。
しかしジュードは俺を睨み続けている。
あぁ、煩わしい。煩い。憎い。この気持ちを嫌い以外に的確に表現する方法が見つからない。
「...」
「...そうだよ、お前の言う通りだ。けど、お前が此処に居なかったら...俺はそれで良かったんだ。」
叫ぶようにジュードにそう言うと、ジュードは俺の手を口元から離そうとした。
もう虚勢なんか張れずに、俺の手は宙に放り投げられた。
「...アルフレドの弱さが...君の父さんと母さんを殺したんだ...いつだって、アルフレドの事を思っていたはずなのに...」
「.....お前...さえ...」
「...それでも僕はここに居るんだ....」
俺を睨んだままジュードはそう言った。
壁に縋るジュードに詰め寄るとジュードの体はずるずると床に落ちて行く。
その顔の横に手をつくと、ジュードの顔はまだ濡れていた。
これは、ジュードの涙なのか、自分の涙なのか、ただの水なのかわからない。
「...じゃあ...どうすればいいんだよ...」
「...僕では、アルフレドを救う事なんかできない...」
「嫌いだから」
「...そうだね、嫌いだよ」
「僕が無くしたものを持ってる癖に、...贅沢だからね。だから嫌いだよ。」