今日の任務も終わり、あとは陛下に報告をするだけ。
謁見室へ向け足を進めていれば、厨房の方から騒々しい声が聞こえる。
あぁ、本当に鬱陶しいわ。

「何をしてるのかしら。謁見室の近くまで聞こえているわよ」
「す、すみません..プレザ様..」
「で、何があったのかしら」
「こいつが新入りなもんで、王私室には2人分の食事を持って行けといったのですが..」
「要するに1人分だけお持ちしたって事かしら」
「そういう事で...」

あぁ、本当に鬱陶しい。
これくらいの事対処できないのかしら、と溜息一つ吐く。

「持って行けばいいじゃない」
「それが、こいつあの部屋で誰もいないのに物音がするって言うんです」
「...いいわ、私が持って行く」
「そ、そんなプレザ様に迷惑は...!」
「いいのよ、それにちょっと猫が暴れてるみたいだから」

一人分の膳を持ち、陛下の私室へ向かう。
陛下は謁見室に居るはずだからと、ノックをして扉を開ける。
扉を開けて見えるのは廊下の明かりが刺す卓上に置いてある料理だけ。
かすかに聞こえるのは誰も居ないはずの部屋に谺する衣擦れの音や呼吸音。
明かりを付け、部屋の奥にあるベッドに近づけば子供が一人。

「気分はいかがかしら。」
「―!!―!―!!!!」
「あら、何か言ってるのかしら。まったく聞こえないけれど。」
「――――――!!!―!!」
「可哀想に、でも貴方が悪いのよ?陛下に従わないから。」
「――――――――――――――!」
「私もあれだけ忠告したはずなのに、ね?」

あの男と別れなさいって、ね。
陛下もそれを望んでいるし、私もそれを望んでいる。
なのにこの子はそれをまったく理解しようともしない惨めな子供。

「貴方にはその姿がお似合いよ。可哀想な、ボク。」

ベッドの上で纏う程度に服を身に付け、逃げ出さないように四肢と首を繋がれた子ども。
そうとう暴れたのか体は傷だらけで、猿轡からは唾液が滴っている。
その様子を汚らわしいと言わんばかりの顔で嘲笑って部屋を後にする。
あぁ、本当に鬱陶しい。
こんな事をしてもアルは私の所へは帰って来てはくれないのに。

私室を後にして、陛下の居る謁見室へ向かう。
私は陛下の指示通りに与えられた仕事を忠実にこなせばいいのだから。

「陛下、戻りました。」
「帰って来たか。マクスウェルの動向はどうだ。」
「バルナウル街道をイルファンに向け、進んでいると確認しています。」
「ならば戦いは遠くないだろう、準備をしなければならないな」
「しかし、鍵がまだ」
「わかっている。引き続き任務を頼む。」

私は再び、マクスウェル一行を追うためにすぐ城から出る事になった。
どんな仕事でも、しなければ..鍵もあの子どもさえも全て陛下の為に..。
そう、全ては陛下の為に。


その晩、マクスウェル一行はバルナウル街道で夜を明かす事になった。
場所を預けていた手下から情報を掴み、追いかける。
遠く離れた場所から監視を続ける。
野営をし始めて数刻が経った頃だった、よく見知った傭兵がテントから離れ私が居る木影へ近づいて来る。
こういう場合、監視者に悟られる動きはしないはず。
要するに、私は誘い出されている。

「――、居るんだろ。出て来いよ。お前の尾行は俺には効かない」
「..その名前で呼ばないで欲しいのだけれど。」
「プレザ」
「..貴方も大変そうね、ワイバーンがカラハ・シャールに落ちてあの子の行方がわからなくなったのでしょう?」
「随分詳しいんだな、さすがは他の連中に気づかれないで尾行するだけあるな」
「...用があってここに来たのでしょう?」

白々しくもそう聞いてみる。
彼がわざわざ自分の目の前に顔を出すなんて"あの事"以外にあるわけなんてない。

「情報が欲しい」
「あら、私たちも情報が欲しいのよ」
「..鍵か」
「わかっているなら話は早いわ」

そう言えば、彼はとても難しそうな顔をした。
きっと私以外の人間だったら彼を殺しているかもしれない、彼は死なないと思うけれど
ア・ジュールに金で買われてスパイをしている人間が情報を伝えるのを渋る?
本当、貴方は何を考えているのかしら。

「貴方の欲しがっている情報はわかるわよ、あの子の事でしょ?」
「何か知ってるのか」
「知っているも何も、さっき会っていたから」
「どういう事だ、プレザ」

何でそんなに必死の形相で私を見るのかしら。
私と一緒に居る時にそんな顔する事なんてなかったのに。
だから、私は貴方に裏切られたのよね、アル。

「貴方が知っても貴方は何もできないわ。諦めて情報を言いなさい。そう契約したはずよ。」
「どうする事もできないってどういう事だ、プレザ。」
「まだ続きが聞きたいのかしら」
「ジュードは、...ジュードは無事なのか?!」

あの頃の貴方とはまるで変わったように、私に詰め寄るアル。
私が後ろに一歩下がり、距離を取ろうとした腕を掴まれたがそれを払う。

「そんなに知りたいなら教えてあげるわ。アル。」

そんな貴方に私は全てを言った。どうする事もできないと思ったから。
ワイバーンで不時着する時にあの子どもだけ別の所に落ちた所をア・ジュールの諜報員が見つけた事。
彼等一行はカンバルクを追われていた経緯もあり、気を失ったまま城へ連れてこられた事。
そして陛下に捕われて、自由を奪われ凌辱されてしまった事。
今もまだ捕われて野良猫のように無駄な抵抗を繰り返している事。

「それでもまだ何か聞きたいのかしら」
「......」
「でも一つだけ状況を良くする方法がなかった訳ではないのよ、あの子がそれを断ったから」
「...、どういう事だ」
「あの子が陛下の伴侶になる事を断ったのよ、貴方の為に。」
「!!」
「貴方が鍵の在り処を教えて、あの子の事を忘れてただの諜報員に戻ればいいのよ。」
「そんな事...」
「できる訳がない?二人して同じ事を言うのね。独りでは何もできないのに」

そう言いくるめれば、また顔を顰め難しい顔をする。
何故悩むのかさえ私にはわからなかった。
昔の私を容赦なく窮地に追いやった癖に、と嫌み一つ言いたくもなる。

「それでも、...俺はジュードの事を思い続ける。...必ず、迎えに行く..」
「あぁ、そう。でも、情報の対価をもらわないと。」
「...鍵はマクスウェルは持ってない、誰かに渡した。..俺が知っているのはこれだけだ。」
「誰か。ね。」

嘘は言ってはいない、そう思う。
しかし、何かを隠している。これを聞き出すのには対価が無さ過ぎる。
かといって彼の要求は飲めない、陛下を裏切りかねないから。

「...必ず、取り返しに行く」
「それまで、精神が保っていれば。のお話でしょう。」

アルは、私を一睨みして野営地へ戻って行った。
きっと一昔前の私も彼に対してこういう視線を送っていたのだろうか。
でも私にも譲れないものがある。陛下の為に..。


「陛下、鍵の件ですが..鍵はマクスウェルが所持していないとの情報が」
「そうか、開戦も近い、だとしたら鍵は既にラ・シュガルに渡っているだろう。ならばこちらは備え挑むしかあるまい」
「では私は続けて..」
「いや、それはいい。もう奴らの行動の先は分かったようなものだ。戦いに備える為城へ残れ」
「承知しました」

陛下へ報告し、久しぶりに自分の部屋へと帰れる事となった。
部屋に向かおうと大広間を抜け、長い廊下に差し掛かった時だった。
陛下の私室から物が割れるような音がした。
陛下はまだ謁見室に居る、物音を発した存在を知るのはこの城の中でごく一部の人間だけ。
野次馬が現れる前に警備を2人部屋の前に置き、私は部屋の中に入った。

「あら、お行儀がわるいのね。せっかく陛下が容易してくださったのに。」
「っ、くを は  な   して」

前とは違い、猿轡と足の拘束具は外れていた。
ただ、長時間猿轡を付けたまま叫んでいたのか近寄っても何を喋っているか聞き取りづらい。
唯一自由な足でベッド付近に置いてある花瓶を置いた机を蹴り上げ花瓶が落下したのだった。

「残念ね、貴方はとても賢いと聞いていたのに。この状況でそんな対応は賢いと言えるのかしら」
「―く、を   は―な し  て」
「貴方がそう言うだけ彼を苦しめてると思わないの?陛下を受け入れればこんな辱め受けずに済むのに」
「...!!」
「そうよ、貴方が苦しめているの。わかったら大人しくしてくれないかしら。」
「  それ  でも、ア  ル  ヴィンにあい たい」
「いつまで保つかしらね」

そう言って、私は部屋を出て行った。
入り口に居る警備に"あの子"の存在を知る物に部屋の掃除をしてとだけ頼み自室へ向かった。
あの子はいつ、諦めてくれるのかしら。
アルはいつ、無駄だと気づいてくれるのかしら。


『ねぇ、早く壊れてくれない?』


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Thanks//確かに恋だった

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