死ネタを含んでおり、実際登場キャラが亡くなるお話です。苦手な方は閲覧を避けて下さい。

今日も彼の部屋からシルフモドキは飛んで行く。
そしてそのシルフモドキはいつも何故か俺の診療室の前に降りて来る。
俺宛ではない手紙が日々届く毎日。

その手紙にはいつも「元気ですか」から始まっている。
日々の取り留めの無い言葉が続いた後、最後はいつも「何処に居ますか」で終わる。
丁寧に掻かれた書体には見覚えがあった、自分の教え子の生徒だからだった。

生徒の名前はジュード・マティスと言って、俺より一回り近く下の男子生徒。
病院勤務の傍ら併設されている医療学校での授業を任されていて偶然俺に当たった生徒。
成績はとても優秀、申し分ないと思う。
ただ、休憩時間に外を見つめては淋しそうに溜息を吐く姿をよく見かける事があった。

何故彼が飛ばしたシルフモドキが自分の診療室の前に来るか。
それは彼の恋人が軍人で、隠密部隊として勤務していてそして大怪我を負いここで死んだ。
それだけだと思う。死の瞬間の香りがこの部屋から無くならないからだと。
そして彼が何故この事を知らないか、それはカルテを読む事によって納得は得た。
彼は隠密部隊だったから、軍人としての名前とジュードとの間の名前が一致しないからだろう。

「おいマティス。」
「アルヴィン先生おはようございます。」
「今回の模試も一位らしいじゃないか。いつも窓際でぼーっとしてるのにな」
「ちゃんと授業聞いていますよ、先生。」

当たり障りの無い会話。
普段生徒にそこまで干渉を持たない俺が唯一自分から干渉に行く生徒。
何故こうなったか、それは俺の気まぐれで俺は彼の事が好きになってしまったからだ。

毎日、毎日彼が無くなってからずっと届く手紙。
それには普段表には出さないけれど、凄く心配していて眠れない と掻いてあったり。
淋しい、どうしたの、と文字をぼやかして綴らている。
授業を平然と受けているフリをしながらも、内面では傷ついている彼を助けたかった。その一心で俺は手紙の返事を書いた。
そして気がつけば彼を好きになってしまった。それだけの事だった。
ひとつ、またひとつと俺は嘘を重ねて彼に手紙を書いた。

「マティス、悪いがこのプリントを教室に持って行ってくれ。課題だ。」
「わかりました、先生。」
「そういえばお前の恋人ってどんな奴なんだ」
「...先生、なんで知ってるんですか?!」
「勘だよ、勘。お前みたいな奴にどんな奴が付き合ってるのかなってな」
「遠回しに酷い事言いますよね、先生」
「だって、お前の一つ下の学年の子をまた振ったんだろ?女の子が泣きに来てたからな」

そう悪態を吐けば、不機嫌そうにも笑って俺の部屋から出て行った。
こうやって彼をからかって不機嫌にさせる事も少なくはなかった。
ただ、こうやってからかっていじめるのがとても好きだった。
俺があの軍人に成り代われるのなら成り代わって彼の側に居続けたい、とすら願う。
でも今はこんな不思議な関係が続けばいいな、と思った。


だけど、現実は非情で俺のそんなささいな願いすら叶えてくれはくれない。
俺はある日、診察室で倒れてしまった。
そして、俺は俺の余命がそんなにない事を自らの知識で知ってしまった。
頭に思い浮かぶのは闘病の不安ではなく、今日も手紙を待っているだろう彼の事だった。
もう、恋人ごっこも終わってしまうんだな と切なく思った。

家族もない、とても親しくしている友人もいない、そんな俺に会いに来る奴は居なかった。
ただ、毎日自分の診療所へ文を送ろうとするシルフモドキが居ないかどうかそれだけ気になって窓辺をずっと眺めていた。
あぁ、もうすぐ死ぬのに。なんで彼の事ばかり浮かぶのだろうか。
あの軍人の男も死に際にこうやってあいつの事を考えていたのだろうと思いに耽った。

「先生、面会の生徒が一人着てますよ。」
「あー、起きるから入れてやって」
「わかりました。」

珍しい事があるものだ、と俺は思った。
ミーハーな奴が絡んでくる事はそれなりにあったがここまでする生徒がいたなんて、とさえ思う。
でも扉を開けて入って来たのは俺の想像しなかった奴だった。

「先生....」
「マティスじゃないか。わざわざ、ありがとな」
「先生..、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ」
「...大丈夫だったら、こんなに長く入院なんてしませんよね」
「そりゃそうだな。」

彼は哀しそうに俯いた。
そして彼が鞄から白い紙切れを沢山取り出した。
それは俺が彼から貰った物、俺が彼に送ったもの その全てだった。

「それ......」
「...先生が留守にしてるので、掃除を頼まれたんです...」
「...バレちまったんだな...許して貰えないかもしれない、悪かったな...」

マティスの手から溢れる手紙の束を手ごと包み込む。
その手に、ぽつぽつと涙が落ちて来る。
その涙を見て、吐いてはいけない嘘を吐いてしまったのだと後悔した。

「...毎日、毎日やってきたよ。悪い事だと思った、だけど.....すまない。」
「先生ごめんなさい、先生が嘘吐いたから泣いてる訳じゃないんです...」

マティスの体が震えて揺れて、小さな紙切れ達が床に落ちて行く。
残ったのは俺の手と、マティスの手。繋がれた手。

「マティスが、元気がないから、こうすればまた元気になると思った。気づいたら、お前の事が好きになってた。....死ぬ前に言えて良かった。」

マティスの手の上に乗っかるだけの掌が彼によって握りしめられる。
俯いた顔を上げれば大粒の涙。
きっと今まで数え切れない程泣いていたのに、また泣くのか。
あぁ、泣かしたのは俺だったのか。

「先生...僕、先生が書いてるって僕途中で気づいてたのに...送り続けたのです。返事が来て嬉しくて、...あの人に会いたくて、追いかけたら先生を見つけたんです...。裏切られたなんて思わないです、だって...僕の為を思ってくれたんでしょう...。それに僕が...元気がないなんて気づいてくれるのはあの人と先生だけだったんです...。」
「マティス...」
「...お願いです、先生...死ぬなんて言わないで下さい...先生を無くしたくないです...」
「あぁ...でも、本当にそうなんだ。...言わないまままたマティスを一人にしなくて良かった。」
「先生....!僕、ちゃんと...先生に宛てて手紙を書きますから...毎日書きますから...!」
「あぁ、毎日書けよ。...でも、窓の外の鳥ばっか見てないで、授業受けろよ。」
「先生...」



嘘を吐いてくれて、ありがとう。
面会時間の終わりを告げるドアの音に消えた僕と先生の最初で最後の大切な言葉。

僕は約束通り、毎日シルフモドキを飛ばした。
先生の居る病室には届かないと知りながら。
それでも飛ばした。

しばらくして一通の手紙をシルフモドキは僕に運んでくれた。
ありがとう たった一言だった。
そして、先生は静かに息を引き取った。

僕がまた泣かないように、手紙を滲ませないように 残してくれたのだろうか。
僕は何一つ先生に返す事はできなかった。
好きだった、その言葉すら何も返事をしていないと今更になって気づく。
この先生への気持ちはなんだったのだろうか。
この気持ちは、


『確かに恋だった』


僕は、短い手紙をシルフモドキの足に括り付けた。
先生と同じ言葉を括り付けたシルフモドキは空へ高らかと消えて行った。


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Thanks//確かに恋だった

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