先生と出会わなければ、こんな苦しい思いをしなかったのに。
でも、先生に出会わなかったら自分がこんなに脆いなんて事を知る事はなかったんだろう。

「初恋は実らない物なんだよ。実る方が稀で、だいたいが皆悲しい思いをしてる」
「...」
「でも、なんとか皆乗り越えてそれを教訓に生きてるんだと思うけどな」
「...僕にも乗り越えられるんでしょうか?だってこんなに辛いのに。」
「乗り越えられるよ。」

こんなのは大人の言う、都合の良い嘘だ。そう思う。
砂漠を水分なしで歩いている所に、もうすぐ雨が降るなんて。誰も信じない。

「でもお前みたいな奴は嫌いじゃねーよ。面白いからな。」
「からかわないでください。」
「諦めたいから、嫌いになる。そんな事考えた奴はいなかったぞ。」
「...」
「言われた事があるのは、将来結婚してとか、好きになってくれなかったら死にますとか。」
「...激しいね。」
「まあな。」

そう言いながら、先生はぽりぽりと頭をかいていた。
こんな妄想の世界に浸って、先生を嫌いになろうとする僕とは真逆の彼女達に僕は勝てない。

「先生は、いつか大切な人を見つけたら結婚しますよね。」
「そりゃあそうだろう。でも、当分ないな。」
「何でですか、先生ならいくらでも寄り付いて来る人はいるのに。」
「お前みたいな奴が居るからうかうか結婚なんてできないよ。」
「嘘ばっかり。」

そう言うと先生は困ったような顔をしていた。
きっと本当ならこんな生徒さっさと追っ払って酒でも飲んで明日に備えたいのだろう。
どうせなら追い払ってくれた方が嫌いになれたのに。

「どうせなら、冷たくあしらわれて家に連れて帰られた方が良かったか?」
「...」
「図星みたいだな。」
「僕で遊ばないで下さい。」
「そう捻くれるなよ。そんな泣きそうな顔してる奴を追い払う程悪党じゃないからな。」
「僕が先生を好きだと言っても?」
「好きになってくれるのは嬉しい。だけど、マティスには素敵な人が現れるよ。」
「..適当に言わないで下さい。」
「適当じゃない。じゃあ」

約束しようか。と先生は言った。

「マティスが結婚するまで俺は結婚しない。」
「え...」
「それじゃあマティスばかり得になるし、お前が成長しないから学校には来る事。それと俺と女性とが一緒に居ても我慢する事。我慢と忍耐は大事だからな。」
「...嘘ですよね。そんなの。都合が良すぎ..ます。」
「俺は結婚願望ないからいいんだよ。」
「...僕が、一生、先生の事を...忘れられなかったら?」

先生は困ったように笑った。
建前、方便かもしれない。

「マティスが望んだようにしてやるよ。妄想作文、得意なんだろ?その通りにしてやるよ。」
「...先生が嘘をついたら...」
「"僕"のかわりに、俺が撃たれてやるよ。そうしたら、お前は嫌でも俺を忘れようとするだろ。」
「...なんで、僕の為に...そんな事、約束するんです」
「だから言っただろ?嫌いじゃないって。」

先生は僕の頭を撫でてそう言った。
魔法にでも掛かったかのように、先生の言う事全てが本当のように聴こえた。
きっと、先生なりに、"大切"だと伝えたいのだろう。

「僕..学校、行きます...ちゃんと行って、苦しいのも恋だからと受けいれるように頑張ります」
「真面目だなあ」
「...だから、約束...守って下さい。僕、ハッピーエンドになれるような話..書くから。」
「出来ればお前の為にも聞きたくないけどな。」
「...先生、...好きでいさせてくれてありがとう..。」
「マティス」
「...どうなるかわからないけど、約束があるから頑張れる..から...。」

そう言い、僕は先生の部屋を後にした。
学寮に居る事になってるけれど、無性に家に帰って僕の机の上でノートを開きたかったから。
夢の続きを書きたかったから。


あれから、何年か過ぎた日の事だった。
仕事から帰り、日課のように机に向かい8冊目になるノートの最後のページを書いた。
学生の間は、先生が女子と離しているだけで胸が痛くなる事もあったけど我慢した。
仕事帰りに先生とすれ違った時、キツい香水の香りがして泣きそうになる事もあった。
1年以上会わない間もあったけれど、やっぱり忘れる事なんてできなかった。
もしかしたら先生は約束すら忘れてるかもしれないけれど。
でもあの時、先生が約束してくれたから僕は外に出れたし学校にも行けた。
ちゃんと勉強して、なりたい仕事にも付けた。
だから、先生が約束を忘れていたとしてもそれでも良かった。

ただ、今でもずっと好きだった事を伝えたいから。
やっと僕と先生が幸せになれる話を完成する事ができたから、会いに行こうと思った。

コンコンと、先生の部屋をノックする。

「...先生。」
「マティスか。どうした、こんな夜遅くに。」
「...先生、やっぱ僕。先生の事を好きじゃなくなる事なんてできなかった。」
「そうか。」
「先生、ごめんね。」
「お陰で、婚期逃すし。生徒からは足臭いとか言われるし散々だったな。」
「..ごめんなさい。」
「ほら、出してみろよ。沢山、書いたんだろ?」
「..はい!」

鞄の中から8冊のノートを取り出し、先生に渡すと先生は「多いな」と驚いていた。
先生は玄関で立ち尽くす僕を部屋に招き入れた。
部屋は昔のままだった。

「我慢も忍耐もした、ちゃんと勉強してちゃんと仕事もしてるよ。先生のおかげだよ。」
「そう行くなら、もう恋人でもできてるかと思ったけどな」
「先生が、好きのままで居させてくれたから。」
「..そうだったな。」

じゃあ、約束は守らないとな。と先生は笑いノートを開き出した。
僕と先生がハッピーエンドで終わる妄想の物語を。
本当にする為に。


paranoia=強く思い込んだ妄想はやがて現実へと変化を遂げる

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