例えば、何気なく立ち寄ったお店でとても気に入るものがあった。
店主は「それには価値がないから、好きな値段だけ置いていってくれ」と言った。
だから、それを持ち帰った。
しかし月日が経って、それは非常に価値があるものだと人々に知れた。
それは一般人の自分の手に置くのは惜しいと持ち去られてしまった。

それを「素晴らしい事だ!」と思う人もいるだろう。
だけど、とても切なく淋しく哀しいと思う人もいるだろう。

嬉しいと淋しさが入り交じったこの感情を何と呼べばいいかわからなかった。


「テツ、練習行こうぜ」
「あぁ、青峰君。すみません、赤司君に呼ばれているんです。」
「そうか、なら先に行ってる」
「すみません。」

第四体育館で見つけたテツは此処では致命的な程技術はない上に影も薄い。
誰にも見つけられないでひたむきに、ただバスケが好きで練習していたテツがなんとなく気に入った。
ある日に赤司に見いだされて、テツと過ごす時間は以前より少し減ってしまった。
コート場ではテツとなら十分気の合うプレイができる、それで十分だと思う。
同じ所に立ってプレイする事をあれだけ望んでいたはずだった。

「赤司か..」

"また" という言葉は口には出なかった。
そもそも"また"の意味がわからない。
あいつはキャプテンだし、テツはレギュラーだから何の不自然もない。

「あれ、大ちゃんまだ部活行かないの?」
「あぁ、行くよ。」
「最近元気なさそうだけどどうかしたの?せっかくテツくんレギュラーなれたのに」
「んなことねーよ」
「あ、わかった!テツくんが皆に取られて淋しいんでしょ!」
「ちげーよ」
「じゃあ何?悩みなんて一生無関係そうなのに」
「..わかんねーよ」
「ちょっと、置いて行かないでよ!」

鞄を取って教室から出ようとする俺を駆け足で追って来るさつき。
こいつが関わると面倒だから適当にさっさと部室へ行ってしまいたかった。

「大ちゃん」
「なんだよ。」
「例えばさ、ムッ君がお菓子食べてたとするでしょ。そのお菓子を大ちゃんが取って食べたらムッ君どうすると思う?」
「..怒る」
「でも、そのお菓子を食べたのが赤司君だったら?」
「我慢して同じお菓子を買う、んで誰も居ない時にそれを食う」
「多分大ちゃんもそれと一緒なんだよ」
「は?!意味わかんねーよ!」
「赤司君にテツ君取られてやっぱり淋しいのよ。だけど赤司君だからなんか言うに言えないだけ。」

"だから、大ちゃんから迎えに行けばいいと思うよ"
なんて言って俺を置いて部室へ行ってしまった。
淋しい、俺は淋しいのか。
あいつらに見つかるまで、俺の、俺一人のテツだったから。

おい、さつき。
お菓子は同じのは何個だってあるけど。
テツは一人しかいねえんだよ。
どうすればいいんだよ。

「あ、青峰君。まだ居たんですか」
「あぁテツか。赤司の所はいいのか?」
「もう用事も終わったので。青峰君、部活行きましょう」
「そうだな。」
「早く行かないと練習始まってしまいますよ」
「あぁ。それよりテツ」
「なんですか」
「今日もマジバ行くのか?」
「はい。好きですから。」
「俺も行く。」
「珍しいですね。今までお金がないから行かないって散々言ってたのに。」
「今でもねーよ。でもいいだろ。」
「欲しいって言ってもあげませんからね。」

そう言って、俺の斜め後ろを歩くテツは苦笑して言った。
こう近くにテツが居るとさっき自分に降り掛かった妙な心のざわつきが嘘のように感じる。
きっと、あれが淋しい、って事なんだと思う。

じゃあ、このテツが側に居て妙に心が温かくなるこの気持ちを何と呼ぶ?


それは多分―――。

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