もう、ほとんど聴こえてないそうだ。 トントントントントントン。包丁がまな板をリズムよく叩きつけ、横で鍋がぐつぐつ煮立つ。どこの家からも夕食のいい匂いがして、僕も足早に家へと帰る。扉を開くとキッチンには彼女が立っていて慣れた手つきで皿に盛り付けをしていた。後ろ姿をただ黙って見ている時間はとても長かった。

「あ、おかえりー!」
「ただいま。」
「帰ったなら一言声かけてよね」
「ごめん、後ろ姿に見とれてた。」

あははと笑う彼女にはははと笑い返す。この時気を緩めてはならない。同じ笑顔を見せるのが僕の役目。


二人で囲んだ夕食はとても華やかで、なんでもない日にしては少し贅沢なメニュー。彼女は時々こういうことをする。買い物が下手なんだろうと僕は勝手に解釈する。

「どう?」
「うん、すごい美味しい!」
「…」
「美味しいよ」
「…酷い…せっかく作ったのに」
「…」
「精ちゃんが昇進したって言うから…だから、張り切ったのに」
「名前…」
「不味いだなんて、言わないで…」


もう、ほとんど聴こえてないそうだ。
耳が駄目なら脳で言葉を作る。彼女の中で僕はどうなっているのか、どんな男なのか。









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