○雪木佐「お宅の木佐さんが夜中にデレたようです」 もうすぐ終電が駅に着く頃だ。 観ていたというよりは眺めていたテレビを消して、もう慣れてしまったお風呂の用意や、事前に作っておいたお味噌汁を温める。 木佐さん、今日も遅かったな。 ぼんやりと恋人の事を想っていると、ふいにポケットに入れていた携帯が震えた。 ディスプレイにはたった今考えていた愛しい人の名前。 それを見ただけで嬉しくなってしまう自分はなんて現金な奴なんだろうと考えながら、手早くボタンを押して話しかけた。 「木佐さん」 名前を呼んだだけで心が弾む。 「あー雪名?」 声を聞いただけで胸が高鳴る…なんて どこぞの乙女だと自分で呆れながら会話に集中した。 「どうしたんですか?」 「んーもうすぐ改札出る」 「今日も終電でしたね」 「あぁ。もうくたくた、明日行きたくねぇ」 「木佐さん毎日それ言ってますよ」 「そうだっけ?」 なんてことのない話なのにさっきやっていたバラエティ番組よりも楽しい。 「木佐さんが駅から電話してくるなんて珍しいですね」 なんとなく感じたことを言っただけなのに、電話越しに居るはずの恋人は黙ってしまって、何かまずいことでも言ったのかと不安になると返ってきたのは予想もしない一言。 「雪名のさ、声聴きたくて」 「へ?」 「その、わかんねーけど、会いたいなって思ったら声だけでもってさ」 「いや、帰れば会えるのわかってんだけど、なんか…雪名不足?みたいな?」 機械を通してでもわかる照れた声にいてもたってもいられず 「木佐さん、いつもの道で帰ってます?」 「え?ああ、うん」 短い言葉で電話を切って、上着を手に家を飛び出した。 いきなり切られた電話に怒っているだろうか。 なら、会ってすぐ言葉で伝えよう。 「俺も会いたかったです」 「ひとりで居る間、ずっと木佐さんのことばかり考えてました」 「俺だって木佐さん不足です」 きっと驚いて顔を真っ赤に染めるだろう。 「バカ」とか小突きながらも差し出した手を握ってくれるに違いない。 益々会いたいと募る気持ちを抑えながら、数メートル先に見えた恋人にわかるよう俺は思いっきり手を振った。 (〜2012/01/12掲載) |