あれから俺はそれっきり黙ってしまった雪名を置いてひとり帰路についた。 「金は渡したし、あいつ酔ってもいなかったし大丈夫」 ひとり暮らしをしている部屋に独りごとはただ虚しく響くだけ。 なんだか電気を付ける気分でもなく、暗い中服を脱ぎ捨て冷えた寝巻に手を通した。 携帯で時刻を確認すると、今は午前一時過ぎ。 いつもなら… もう少し遅い時間まで雪名と一緒に居て、バカなやり取りをして腹が痛くなるまで笑っていた。 なのに、突然それは壊れてしまった。 「今月辞める」 確かに雪名はそう言っていた。 ふと、壁にかけてあるカレンダーを見れば今月は残りわずか。 その中で時間を共に出来るのは仕事中の12時間。 たったの12時間しかない。 たかが後輩が辞めるでけだとゆうのに、なんでこんなにも苦しいのか。 結局この日は大した睡眠も取れず、うっすらと隈を作ったまま本屋へと向かったのだった。 「あれ、木佐くんどうしたの?」 店に着くと何も知らない店長が俺の顔を見るなり駆けよってきた。 「いえ、別に」 「珍しいこともあるんだね」 「どうゆう意味っすか」 「あはは」 何かを悟ったのか、あまり問い詰めないでくれている店長のさり気ない優しさがありがたかった。正直、俺もどうしていいかわからないのだ。 「店長」 「ん?」 「店長は雪名が今月で辞めること…知っていましたよね?」 ふと沸いた疑問を口にする。 今月辞めるとゆうことは店長には話を通しているはず。 今までならすぐ俺に伝わっていた。 だけど雪名のことは昨日の昨日まで知らなかったのだ。 おかしい。 随分と深刻そうな表情をしていたのだろう。 そんな俺を見てひとつ溜息をした店長はいつもの明るい声とは違う小さな声で告げる。 「木佐くんには自分から伝えたいから黙っていてほしい。そう言われたんだ」 「色々君には世話になったから、雪名くんはそんな風に言っていたよ」 「どうやら美術の勉強で海外へ留学が決まったそうでね。夢を追いかけることはいいことだ。だから快く了承してあげたさ」 仕事中、数分前に店長から聞いた言葉が頭をループしていた。 雪名が留学。 それはつまり、もう簡単には会えないとゆうこと。 あんなに一緒に居たのに、そのことについては何ひとつ触れなかった。留学なんていったら多少たりとも不安に思うことだって、悩みだって出てくるんじゃないのか? 確かに年齢も違うし、頼りがいがないせいかもしれないけれどもう少し前に話してくれたってよかったじゃないか。 止まる事を知らない黒く歪んだ想い。 将来に向かって歩もうとしているだけの雪名を笑顔で送り出せない自分にもイライラする。 「木佐さん」 持っていた本を叩きつけるように置いた時だった。 いつの間にか馴染んだ音。 聞きたかったのに、一番聞きたくなかった声。 見上げると珍しく苦い顔をした雪名が居た。 「昨日はすいません。俺…」 何かを言いかけた雪名の言葉を遮るように俺の口からは冷たく棘々しい言葉が出る。 「悪い、お前と話すことないからさ、話しかけんな」 本当は知りたいことがたくさんあるくせに、負の感情に染められた俺は 嘘をついた (悲痛な表情をした君は心で泣き叫ぶ僕と同じ?それとも…) |