「すいません、疲れてるみたいで。少し休んできます」 あれから三十分。 仕事の書類など高野さんの病室へ置きっぱなしにしてしまったため俺は進まない足取りで来た道を戻っていた。 さすがに変に思われただろうか…。 でもあのままだと余計な事を口走ってしまいそうで、怖かった。 不慮の事故とはいえ、俺に対しての気持ちがなくなったことは高野さんにとってプラスだ。後ろめたい関係もなくなる。 何かの物語にありそうな「人の幸せの為に自分を犠牲にする」事はこんなにも辛いのか。自嘲気味に笑った顔はきっと見れたもんじゃないだろう。 すぐ目の前まできた扉を開けようと手を伸ばす。 すると 「!?」 自分が開けるよりも早く扉が開き手をひかれ、次の瞬間には体が温かいものに包まれる。しかもそれが寝ていたはずの高野さんときたから驚いた。 「たか」 「小野寺」 「あの」 涙が出そうだった。 数日前の高野さんと俺の関係に戻った気がして目頭が熱い。 (でも、駄目だ) 俺は咄嗟に距離を取る。 記憶が戻ったのかもしれない、なんて自分の都合のいいような解釈をすることが出来なかった。どこか冷静なのはいつかみたいに子供ではなくなった証拠だろう。 「やめてください、何するんですか」 今まで俺は高野さんに"ただの部下"として接してきた。もちろんすべてを思い出すまではずっとそうするつもりだった。 けれど 「好きなんだ」 病室に響いた言葉と、その表情にすべてが崩れる。 「今、なんて…」 「だから、お前が好きなんだ」 当たり前の様に「好き」と言っていた前とは違う。 声には戸惑いが見え隠れしている様だった。 仕事仲間、そして同姓。そんな枠にはめられている俺をどうして…。 「実際、俺もわからない」 顔にでも書いてあったのだろうか、高野さんはそのまま話し出す。 「俺とお前がどんな関係だったかなんて記憶は戻ってこないし、なんで男のお前にって正直思う」 嫌な所を突かれてしまい自然と頭が下がったのだが、頬を撫でられた感触で顔を上げるとまるで愛おしいものを見るような瞳とかち合う。 「それでも、俺の頭の中お前ばっかりなんだ」 紡がれる一音一音。 その温かさにせき止めていたものが溢れてゆく。期待してしまう。 「俺が昔みたいに「好きです」と高野さんに告白しなければ高野さんは俺の事を意識することはないと思っていました」 「好きにならないと。好きにはなってくれないと、そう思っていました」 「だから高野さんの為と嘘をついて、恋人なのに部下のふりをして。何も知らない貴方と接するのが怖いから自分を守っていたんです。でも」 「目の前で、こんなに情けない姿をしている"小野寺律"を高野さんはまた好きになってくれたんですか?」 いい大人が顔をぐしゃぐしゃにしながら恋愛ごとで泣くなんて恥ずかしすぎるけど、そんな事考えていられるほどの余裕もなく俺は必死に服の袖で止まる事を知らないそれを拭っていると、高野さんは笑いながら 「好きだよ、そんなお前が。ほんと、どうしようもないぐらいに」 そう言って俺のことを抱き寄せたのだ。 失くすことないよ (何度だって見つけるよ、だから笑って) |