純テロ・初恋 | ナノ


体を打つ衝撃。

遠のいてゆく意識。

必死に俺の名前を呼ぶ声。


靄がかかり始める中、最後に視界を占領していたのはあいつの泣き顔だった気がする。






「…さん」

「…のさん!」

「た、かの、さんっ!」

「高野さん、返事ぐらいしてくださいよ。何目閉じてるんですか!」

「っ…、お願いだから、目を覚まして、くださいっ!!!」


白いカーテンがゆらゆらと揺れている。
腕には点滴と頭には包帯。

鈍い痛みに顔をしかめて俺はそこで初めて気が付いた。

片方の手を握りしめ、目を真っ赤に腫らし、ぐずついた声で泣く茶色い髪をしたそいつの存在に。

「高野さん、気づいたんですね!大丈夫ですか!?」

大きな瞳から流れる涙はとても綺麗で、握られている手に落ちるそれは心なしか温かい気がした。

「あ、あぁ」
「もう目を覚まさないと思ったじゃないですか!」
「すまん」
「今先生呼んできます」

病人が居る事も忘れているのか、そいつは大きな音をたてて扉から飛び出していく。

しばらくすると白衣を着て眼鏡をかけた、いかにも医者ですって感じの人がやってきて「ここは痛いか」「こっちはどうか」と丁寧に俺に確認をする。

「君は一昨日の晩、交通事故にあってね。大した外傷もなかったが目を覚ます気配がなくて焦ったよ」

さっき居た子が泣きっぱなしだったもんだから、そっちの世話の方が焼けたさ。きっとその時のことを思い出しているのだろう。苦笑にも取れる表情をし、事の経緯を話してくれた。

所々記憶がない部分もあるが、今まで聞いた流れで間違いがないのだろう。
確かにコンビニに行こうと夜出歩いたのも覚えているし、車が歩道に突っ込んできたのだってなんとなく知っている。

ただ。

「先生、あの」

俺が疑問に抱いていたことを口にすると、それまで穏やかだった表情が一変し「本気で言っているのか?」そう目線で訴えられているような気がした。

けれど、本当にわからないのだ。



「さっき居た茶色い髪の男性はどなたですか?」




無残にもその静かすぎる沈黙を破ったのは、知らずのうちに戻ってきていた"彼"が落としたマグカップの音だった。





深い闇の中
(唇を噛み締め走り去るその姿にどうしてだろう、胸が、痛い)