純テロ・初恋 | ナノ


信号が赤から青に変わった瞬間フライング気味だったが、気にせず急ぎ足で夜の横断歩道を歩く。

外へと吐き出された白い息をぼんやりと見ながら帰り際の事を思い出した。


「大丈夫そうで安心した」


ついこの間まで片想いをしていた親友である高野からの何気ない台詞。
何が大丈夫なのか、まあ大体は想像がつくが、深い真意まではわからなかった。

正直、今だって高野と話していると古傷がじわじわと痛むし「小野寺」の名前を直接その声で聴くと堪える。気づいていないようだが、あいつの名前を口にする時の声は凄く優しいのだ。

今の高野を見る限り昔とは違って上手くやっているのだろう。

まだその関係について相談に乗ったりなどは出来そうにないが、唯一無二の親友だ。俺の気持ちが落ち着いて、前みたいにくだらない事で笑ったり、どうでもいいことで言い争ったりいつかは出来るようになるだろうから、それまでは待っていてほしい。

もしかしたら俺も話が出来るように…。

(いや、無理だ)

少し考えて頭を横に振った。
いくら親友でも言える訳がない。

まさか、あの桐嶋禅とそうゆう仲だなんて。

顔を思い浮かべただけなのに、恥ずかしくなってしまう自分が嫌になる。
会社関係の奴らが知ったら大笑いだ。

悶々と考えていたらいつの間にか通い慣れた家に着いていて
ひとつ深呼吸してから鍵を開けて中に入る。

「お兄ちゃんお帰りー」
「ただいま、ひよ」

廊下を騒がしく走ってきては遠慮もなく飛びつく小さな体。
嬉しそうに「あのね、あのね」と話始めるひよに心がじんわりと温かくなる。

すると後から桐嶋がやってきて

「ひよ、鍋噴いてるよ」

と慌てた様子のない言葉に「パパ、火くらい止めてよ!」と踵を返して行ってしまった。二人になった途端、不思議と心臓が早くなる。

「お帰り」
「た、ただいま…」

何気ない言葉なのに言い慣れていない事と、桐嶋に言われるとつい意識してしまう自分。表情には出していないつもりだが、すべてお見通しらしく

「ほんとお前見かけによらず可愛いよな」

クスクスと笑う顔に「うるさい」と言い放って前に進もうとしたら急に腕をつかまれて胸がドキリと鳴る。

「ただいまのちゅーは?」
「は?誰がそんなことするか」
「あれ?この間約束したじゃん」
「…ひよが居るんだぞ」

「それなら仕方ない」手の力が緩んでほっとしたのもつかの間

「!?」

頬に温かく柔らかい感触。しかも目の前にはあろうことか、目をぱちくりさせているひよが。

「なっ!」

羞恥心が一気に込み上げて何も言えなくなる。

「パパ何してるの?」
「ん?お帰りのちゅーだよ」

しかも馬鹿正直に教えるからタチが悪い。
けれど子供は深く考えることを知らないようで

「じゃあひよもするー」
「ちょ、ひよ」

数分前と同じく体当たりに近いかたちで抱きついてくる。

「ひよはダメ」
「なんでよ、パパばっかりずるい」
「パパはいいの」
「えーなんで?」
「横澤はママだから」
「?お兄ちゃんはママじゃなくてパパでしょう?」
「ママなの」

気づけば桐嶋も背中に抱きついていて、自分を挟んで行われているやり取りに「いい加減にしてくれ」と思う反面、どこか楽しくてつい笑うと

「あ、お兄ちゃん笑った!」

釣られてか、ひよも笑って、後ろからも笑い声が微かに聞こえてくる。

絶対に桐嶋には言わないが、こんな時間がずっと続けばいいな。

そんな風に思って、また微笑んだ。



笑顔溢れる場所
(俺はもう大丈夫だよ)