バカがひく風邪は厄介だ。 あれから数時間。 お粥を作ってやるのにキッチンを行ききしたりと忙しなく動いていた俺にもまったく気付かない程に小野寺はよく寝ていた。 だが一向に熱が下がる気配がなく、心に不安が混じり始めた頃それは起こった。 「起きたのか?」 「………」 ベッドへと戻ると寝ていたはずの小野寺は体を起してこちらを見ている。 何を言う訳でも、する訳でもない。熱もあるし様子がおかしいのはそのせいだろうと思っていた。 「お粥あと少しで出来るからまだ横になってろ。薬が今飲む分しかないから、お前が寝たら買ってくるわ…って聞いてんのか?」 「お前…」 (…ん?) 「高野さん名前。律って。呼んでくれない」 「…?」 「こんなにも好きなのに届かない」 「は?」 最初は聞き間違いかと思って様子を伺う。 (こんなにも好き?小野寺が?そんな事初めて言われたぞ) 「好き。好きなのに、高野さん」 「って、おいおい泣くなよ。お前おかしいんじゃ」 「お前」 「あー律。律、ほらお粥出来るからとりあえずそれ食べろ」 どさくさに紛れて触った額はさっきよりも熱くて、ついに頭が沸いてしまったのか。俺はそんな風に考えていた。 なんとか小野寺を落ち着かせ、出来たお粥を運んでくる。 すると居なくなった俺が戻ってきたのが嬉しいのか、頬を緩ませて「高野さん」と名前を呼ばれた。 最初こそ、いつもこんな風に振舞ってくれれば…だなんて心の中で言っていたが段々と言動がエスカレートしていき…。 「高野さん、こっち。隣に来てください」 「もっと近くがいいです」 「なんでそっち向くんですか?俺のこと嫌いですか?」 (あー畜生。) 「いや、状況が状況だろ!お粥よそるだけだから。わかんねーのか、お前」 「お前…」 (しまった…!) 「高野さん、やっぱり俺の事嫌いなんですね。お前って」 「いや、だから嫌いになるわけないだろ」 「じゃあたくさん呼んでください、律って。じゃないと許しませんから」 酒癖悪い奴だとは思っていたが、まさか、体調不良でもこうなるのか。 「高野さん、ねー律って呼んでくだしゃい」 (しゃいって…あーくそっ!) ほんとバカがひく風邪は厄介だ。 こんな状態がいつまで続くのか。 そう考えただけで俺の頭も心なしか、クラクラとした気がする。 Episode.1 |