最近、高野さんの様子がおかしい。 「おはようございます」 「おはようりっちゃん」 「おはよう」 「おはよう。小野寺、早速で悪いがこの資料コピーしてきてくれ」 「はい」 少し前までは朝マンションを出ると高野さんが煙草を吸いながら待っていて、嫌だと言っても無理やり着いてきたりとまあ早い話一緒に出社していたのだが… 三日前からそれがぱたりとなくなった。 いや、俺としては嬉しい事なんだが特別会議があるわけでもない。 帰りだってそうだ。 まだ校了が終わったばかりでやることもそんなにないはずなのに、いつも終電で帰ってきているらしい。たまたま隣だから玄関を開ける音が聞こえるんだ。そう、たまたま。 コピーを終えて編集部へ戻ると高野さんの椅子だけぽっかりと空いていた。 そういえば… 「あれ、木佐さん。高野さんは?」 「ん?りっちゃん聞いてないの?今日は」 「会議だ」 「いてっ!ちょ、高野さん頭叩かないでください」 「ぼさっと突っ立ってんな、仕事しろ。仕事」 噂をすればなんとやら。 椅子にどかっと座り印刷所かどこかへ電話をかける高野さん。 それにしても… (久々に触られた…) 段々と熱くなる頬を気にしないように自分も仕事に取り掛かる。 変に意識しないようにのめり込んでいたら夜も更けて周りは帰宅しようと身支度をする人ばかりになっていた。 「小野寺、あがるぞ」 「はい、お疲れ様でした。俺もそろそろ帰ります」 高野さん以外のメンバーと玄関口まで一緒に歩いていく。 別れた後は本屋に寄って欲しかった本を購入し、コンビニで夕飯を買って電車に乗り込み自宅を目指した。 ゆっくりと歩きながら高野さんはまだ編集部に残っているのだろうか、と考え頭を横に振る。 (何考えてんだ、別に高野さんが残業しようが帰りが遅かろうが全然…) 「関係ないじゃないか」 朝の出来事が蘇る。 大きな手のひら、ついこの間まではよく俺の頭を撫でてくれて。 無意識に自分の手が触られた部分へと重なる。 (なんで急に、距離をおかれたのだろう) 好きだの、お前を逃がさないだの勝手な事ばかり言って、どうして俺がここまでぐちゃぐちゃと考えなきゃいけないんだ。 マンションの部屋へ戻り、寝る準備をしていると玄関から高野さんの声が聞こえた。どうやら電話しているようだ。それはなんだか楽しそうで、聞いていた俺は無償に腹がたち、思わず 「近所迷惑なんですけど!」 玄関を飛び出してしまった。 あっけにとられている高野さんは電話が終わった後らしく携帯を握りしめている。 「なんだ、お前かよ。驚かせるな」 「俺のうちまで聞こえてます。声大きすぎですよ」 「聞き耳たててたのかよ。最悪だな、お前」 「勝手に聞こえたんです!変なこと言わないでください」 こうやって話しをしたのは久しぶりだ。 「うっせーな。ほら家入って寝ろ。おやすみ」 久しぶり…だからなのか。 「何?」 「え、いや、あのー」 自分でも馬鹿だと思う。 どんなに抗っても部屋へ連れ込んだりする高野さんが、何もせずに、って何もしなくていいんだけど!自室へ帰ろうとするから、つい。 腕を掴んでしまった。 「離せよ」 「た、高野さんはずるいです!」 「は?」 「この前まではうざいぐらい付きまとってきて、嫌だって言ったって触ってきたり、キ、キスしてきたりしてたのに、なんなんですか!最近は勝手に距離置いてなんもしないし!俺に飽きたなら飽きたでいいですけど、謝罪ぐらいしたらどうなんですか!」 あぁ。本当に俺って馬鹿だ。 口からぼろぼろと零れてしまった言葉は自分で言っていて恥ずかしい。 これじゃあまるで。 「お前、寂しかったの?」 何も反応出来ない俺を高野さんは自室へと押し込む。 「ちょ、高野さん!?」 壁に押し付けられたと思ったら唇が触れるか触れられないかまで詰められた。 「キスしたい?」 「なっ!」 「触ってほしい?」 「たか、のさん…」 「さっきそう聞こえたんだけど」 「違います」 「こんな時ぐらい素直になれよ。でも、お前が誘ったことには変わらないからな」 息つく暇もないぐらいに口内を貪られ、下から上へと這う様にする手の感触にじわじわと体が熱くなる。やっと離れた唇は耳元に辿り着き、囁かれる言葉は既に意識が溶け始めた俺にはよくわからなかった。 押してだめなら引いてみろ (栓が壊れたみたいに紡がれる甘い甘い告白が嬉しいと思う。もうきっと逃げられない) |