drrr!! | ナノ


「っ!?」

気づくと僕は街のはずれにある骨董品店の裏へと来ていた。
降っていた雨もいつの間にか止んだらしい。
店主は留守にしているらしく人の気配もない。

すぐ傍が森という事もあり民家はなく、今の僕と同じくぽつんと建っているだけだった。

確か…。

不思議な声に呼ばれたところまでは覚えている。

けれどここまで歩いて来た記憶はない。

信じられないけれど、なんだか


「操られていたみたいだ」


それは、僕の気持ちが勝手に知らない声で出てきたみたいだった。
顔をあげると古びた瓶やら家具、がらくたばかりで
ちょうど前にある鏡にも僕ひとりしか映っていない。

気のせいか。

そんな風に思っていると


「気のせいじゃないよ。ほら、聞こえるだろう。俺の声が」

さっきと同じ声色。
どこか艶を帯びたような、冷たいような、そんな声。

顔を左右に動かしても声の主は見当たらない。

「君ってさあ、もしかして馬鹿なのかな?目の前にも横にも居ないなら」



"後ろしかないじゃない"



まさか、そんなはずは…。
確かに鏡には映っていない、僕しか居ない。
けれど確実にその声は後ろからした。

震える体を無理に動かし後ろを向く。

「やぁ。やっとこっち見てくれたね」

そこには漆黒のマントに身を包む深紅の瞳をした男の人が面白そうに笑っていた。

「なんで鏡に映っていないのに、居るのか。そう聞きたそうだね。まあ震えてるその口じゃあ言えないだろうけど。ここまで来たご褒美だ。教えてあげよう。答えは、俺が人間ではない異界の生物だからだ。鏡には映らないし、人間が好むような食べ物も食べない。俺が食べるのは」

"君たち人間の血だよ"

首筋をすーっと伝う指先は冷たくて、会話の合間合間に見えた鋭い歯がそれを真実に近づける。僕はそんな中、恐怖が体を支配しつくして目から零れる涙を止めることが出来ずにいた。

「そんなに怖がらないでよ。俺だってそんな風に怖がられると傷つくのに。でも、今まで見てきたなかで一番いい表情だよ、君。この間の女はすぐに失神して全然面白くなかった」

つまらなそうにしていたと思ったら突然両手で僕の顔を包み意味ありげに微笑むと、深紅の瞳で見下ろしながら彼は囁くように闇に言葉を落とす。

「すぐに食べるのは勿体ないなあ。君、凄く美味しそう。良い香りがする。こんな気持ち初めてだよ。数百年生きてきた中で一番の獲物だ」

"味見ぐらいはいいかな"

着ていたシャツのボタンを数個外し、肩口へと唇を寄せる彼に僕はもうどうしていいかわからなくて目をぎゅっと瞑ると

「いーざーやーくーん、何、人の獲物に手出してんだ、あぁ?」

さっきの人とは違う声に瞼を開ける。
そこには同じ漆黒のマントをまとった別人が居た。

髪は輝く綺麗な金髪。
瞳も同じ金色をしていて、一瞬にして目を奪われた。

「やだなぁ、シズちゃん。味見しようとしてただけじゃない」
「ふざけんな、お前この間もそうやって横取りしやがって」
「そうだっけ?」

急な展開に頭がついていかない。
気づけば金色の目をした彼の腕に抱かれていて

「やっぱ上物だ」

と首筋を舐められた。

「ねえねえシズちゃん俺にもその子ちょうだいよ」
「嫌だ」
「ケチ」
「うるせー。こいつは俺のだ」

白熱していく口論の中で僕を拘束する腕が除所に緩んでいくのがわかる。
逃げることが出来るなんてわからない。
もしかしたらまた捕まって今度こそは血を吸われてしまうかもしれない。

(でも…今しかない!)

そう直感で思った僕は腕を解いて一気に街へ目がけて駆けだした。
とにかくあの場所に居たら、どちらかの餌になってしまう。

涙でぼやける視界を必死に見据えて、とにかく足を走らせた。




どれくらい走ったのだろう。
走っても走っても一向に街が見えない。

これでも住んでいる身だ。
方角を間違えるはずがないと思うと同時に、嫌な予感が頭を過る。

その時

「・・・・・・」

あの雨宿りしていた店で聴いた声が僕の鼓膜を刺激する。

「・・・・・・」

フラフラと疲れ果てた体ではその声に逆らうことも出来ず

「・・・・・・」

僕の視界はブラックアウトした。