海は広いな、大きいな。 …けれど、世間は案外狭いものだ。 久しぶりに嗅ぐ潮風の香り。 素足で感じる砂浜はじっと立っていることが出来ない程に熱く、僕は小走りで駆けて行く。 「園原さん、ごめんね!」 「いえ、そんなに待っていないので大丈夫ですよ」 学生には幸せなことか、社会人とは違って夏休みという大型連休がある。 そこでせっかくだからと僕たちは海へ遊びに来たのだ。 「着替えてきます」 短い言葉を残した園原さんを見送り敷いておいたレジャーシートへと腰を下ろす。 「帝人ー!」 「あれ、正臣?」 僕の横を通り過ぎ前に回り込んで来た正臣も水着に着替えており普段服の上からじゃわからない、程良く引き締まった体は実に羨ましい。 「ん?なんだー帝人、俺様の素敵で無敵なボディーに惚れたか?」 「無敵かは知らないけど、いいよね。僕そんなに筋肉ないもの」 うーんと顎に手を当てながら上から下まで僕の体を眺める正臣。 別に男同士だからどうってことないんだけれど、自信のないこんな体を見られるのが恥ずかしくて手の平を彼の顔の前へと付き出した。 「なんだ帝人、そんな可愛い事して誘ってんのか」 「は?意味わかんないから。ってかあんまり見ないで」 帝人ががっしりとしてたら帝人じゃない。 そんな風に言われ確かにそれはそうかもしれない、と思い直したところであまり需要のない話だったから話題を変える。 「そういえば正臣」 「んー?なんだ」 「海に来たら真っ先にナンパでもしに行くかと思ったのに、いいの?」 海水浴場にはそれなりに人は居て、もちろん彼がよく追いかけているような女の子もたくさん居る。 「あー。うん、だから帝人のところに来た」 「え?」 「帝人の事ナンパしに来た」 「…バカ?」 「こいつふざけてんのか、とか思ってるだろー。失礼な奴だ。しかし、断じてふざけてなどいないさ」 「帝人、俺と…」 「あれ、帝人くんじゃないかー!」 ばっ、と音が付きそうな勢いで僕は振り返る。 聞き覚えのある声の正体は新羅さん…とセルティさん。 一度視線を戻して正臣を見ると (元に戻ってる…) 途中で言葉が途切れてしまったから、何を言おうとしていたのかわからない。 ただ、雰囲気とゆうか、いつもの正臣と違うからドキっとしてしまった。 「どうしたんすか、二人して」 「見てわからないかい?遊びに来たのさ」 横で指を動かしていたセルティさんがPDAを見せてくる。 そこには 「(杏里が帝人たちと海に行くと言っていたから、わたし達も来てみた。まさか同じ場所とは…)」 そう書かれていた。 「そうなんですか。よかったら一緒にどうですか?園原さんも…」 その方が喜ぶと思いますよ。 そう伝えようとしたところに本人が現れ「セルティさん!」と弾んだ声を出していた。 「杏里!いやーやっぱり杏里はエロ可愛いな!」 「ちょっと正臣!」 「うんうん。セルティには及ばないけど可愛いよ」 「新羅さんまで…」 「あ、ありがとうございます」 何かに納得するように頷く二人とは違い僕はといえば、園原さんの水着姿があんまりにも眩しくて未だに直視出来ずにいた。彼女もなんとなくわかった様子で顔を赤くする。 こんな時気がきいた話が出来ればいいのに、頭の中がごちゃごちゃしてしまいついでに喉も張り付いて息をするので精一杯。 (どうしよう、どうしよう!!) その時。 「帝人くん。とりあえず日焼け止め塗らないと大変なことになるからじっとしてて」 背後から話しかけられたために驚いて思わず「はい」と返事をしてしまったこの時の自分を叱りたい。言い訳だけど、僕の頭の中は園原さんの事でいっぱいで、身の危険を察知する能力だとかが欠けてしまっていたのだ。 だから、気づかなかった。 新羅さんの「もう一人連れてきたんだよね」の台詞と、正臣の嫌そうな表情に。 (1/2) |