うの昔に陽は暮れているものの、街中は煌々とした灯りに溢れているせいか暗さは感じない。けれど秋星すら見えないネオンのビビットな色彩は目に優しくないので、これはこれで夜だからなのだろうと思いながら、駅前の幾何学模様に並べられたタイルとヒールが合わさり高い音を奏でる。やや足早に、路傍で声をあげる居酒屋の客引きと睛を合わせないよう素通りしつつ、夏季休暇の時期はとうに終わったというのに、未だ熱を孕んだ空気の中を歩く。

目当てのビルは硝子戸が開け放されており、入って直ぐの所にあるエレベーターに乗り込みボタンを押して、ようやく息を吐く。遅れる旨は送ってあるが、それでも待たせているため歩調が常より速かったおかげで乱れた呼気を整えながら、そう気を使う相手ではないものの一応と壁の一面にある鏡で身なりを整えた。
到着の振動と音に急かされるよう降りれば、目の前に店の入り口があり気づいた店員さんが直ぐ様笑顔で寄ってきてくれたので、予約していることと連れがいる筈だと伝えれば、その営業スマイルが一瞬ほんの微かに歪んだ。苦笑の形に、何かおかしなことを言っただろうかと考えるも、その間に消え去り了承と共に店内へと案内されたので、私も直ぐに疑問を打ち消した。
が、その意味を理解するまではあっという間だった。

「徐庶、遅れてごめ……、」

店員さんにとりあえず生中くださいと早速注文しつつ、通された個室で挨拶よりも先に出た謝罪の言葉は現状を把握した途端尻すぼみになる。同時に、先刻の店員さんの苦笑の意味を理解して、内心嘆息した。
そこには、ひとり涙を流しながら酒を呷る男がいたからだ。
ぽろぽろと雫をこぼし続ける双眸が、テーブルの枝豆から上げられ私を映すと「名前……っ」ぼやけているであろう視界でもちゃんと認識したのか、名を呼ばれる。涙声で。

「ご、ごめん待たせて」
「いや……いいよ、全然待っていない、から」

嘘つけ。向かい側に荷物を置いて座りながら内心つっこむ。明らかに既にべろんべろんの酔っ払い状態なのは見れば分かる。顔だけじゃあなくて、スーツとネクタイの脱ぎ捨てられた、くつろげられたシャツの隙間から覗く首筋すら赤く染まっているのだから、徐庶にしては相当だ。今、片手にあるグラスで何杯目なんだ、こいつ。ひとりで泣きながら酒を飲む男というのも中々にシュールなので、店員さんの苦笑の意味は彼に対するものと、そんな酔っ払いの相手をしなければいけない私に対するものだったのだろう。

「えーっと、なんか頼むけど……徐庶はそれ以外にもう頼んだ?」

それ、と枝豆を指しながら訊けば否と返ってきたので、空きっ腹に酒かよ……そりゃあ余計酔うわけだ、呆れつつもビールを持ってきてくれた店員さんに手早く注文を済ます。
乾杯、と何時ものノリでついしようとして固まる。じめじめめそめそ、影ときのこを背負った今の徐庶に対して流石に語尾に星がつきそうなテンションでは言えない。割と今までの流れでこの現実を見ないフリしていたけれど、ちょっと憚られる。けれど、それも徐庶の方から「……乾杯」と、静かにグラスを寄せてきたので、思わず手を伸ばせば、カチャンと空中で澄んだ音が響き、汗をかいていた徐庶のグラスから透明な雫が散った。
うわ……こんなにも滅茶苦茶テンションの低い乾杯をしたのは初めてだなと、早々に諦めの境地に達した私は、物凄く不本意だが仕方がないのでビールで咽喉を潤してから「……で、どうしたの?」訊ねてみることにした。
これだけべろんべろんなのだ。徐庶とは大学の頃からの付き合いで何度も一緒に飲んだけれど、こんなにも酷い状況ははじめてだったし、何か酔いたい理由があるのだろうと一抹の憐みで、なんとか今直ぐこの飲み会を無かったことにしたいというひしひしとした切実な感情から睛を背ける。それを、ほんの少し後に盛大に悔やむことになるとは気づかずに。

「…………っ、」
「…………(あ……ちょっとだけおさまってたのに)」

問いかけた途端にくしゃりと顔が歪み落涙の勢いが増し、その口唇からは返答ではなく嗚咽が漏れる。正直めんどうくさいので、イケメンは泣いてもイケメンだな……と、徐庶に出会ってテレビ画面の向こうだけじゃないんだと知ったことを再確認する。軽い現実逃避だ。

「あー……別に言いたくなかったらいいんだけど、」

それならそれで全然構わない。泣き止んでくれさえすれば。何故、簡易な扉の向こうからは明るい笑い声が響いているのに、こちとら折角の金曜日の夜で休みだ飲むぞヒャッホーイな気分だったのに、ここはお通や状態なんだと文句も言いたくなるだけで。
というか、今日の飲みは誘ってきたのは徐庶の方だし。私としては大学を卒業してからここ暫く、徐庶は可愛い彼女とラブラブ(死語)だっただろうから、ひさしぶりだなーまた惚気でも聞かされるのかなーリア充滅びろマジで、くらいにしか思ってなかったというのに。
と、そこまでで気づく。そうだよ徐庶は大学在校時からずっと片思いしていた子に、無事就職も決まったから告白してオッケー貰えてリア充と化していた筈なのだ。前回、夏前に他のメンツ、孔明とかホウ統とかと一緒に飲んだ時はうざいくらいにでれでれ幸せオーラ全開だったくせに、これは、もしかして、もしかしなくとも……。

「…………彼女さんとなんかあった……?」

つい、ぽろっと思いついたまま口に出せば、大袈裟なくらい徐庶が反応したので、あちゃー……と失言を後悔するも遅い。というか、今の徐庶がここまでへこんでるのなんて、誰が見ても彼女絡みだったと今更思う。

「…………だ、」

失態を反省していると、ボソッと徐庶が何かを呟くも聞き取れなくて思わず「え?」と訊き返してしまった。スルーしておけばいいのに。

「……別れる……って、言われたんだ……っ」

今度はきちんとはっきりしっかりまるっと聞き取れてしまった。一瞬、理解ができなくて、けれど直ぐに、オウフ……と淑女にあるまじき声がこぼれた。いけないいけない。っていうか、ちょ、マジでか。エイプリルフールでは勿論ないし、徐庶のこの状態から嘘ですドッキリでしたー☆みたいなのもありえないしありえたらアカデミー賞ものの演技力だと称賛するわ、じゃなくて。

「マジで……?」

大切なことなので二度言った。二度目は口から言葉となって出ていた。

「ほんとう、だよ……ははっ、嘘だったらどれだけ……、」

あ、アーーー……ッ、ごめん徐庶地雷だったね!その自暴自棄な笑いはちょっと怖いからやめてほしいかな!そう内心謝罪しつつ「え、えー……(つい先週くらいも二人で夢の国に行ったとかきゃわゆい耳カチューシャ付きのツーショット写メ送りつけてきやがっていませんでしたっけ)……っと、何があった……の……?」これはもう非常に不本意ながらも避けて通れない道みたいなので、とりあえず真相を解明するしかないと、更なる疑問をぶつける。
そうすれば徐庶は、とろん……というよりも何処か据わった半眼で、じとりと私を見ながら盛大な間の後に「…………言っても、引かない、かい……?」と念を押してくる。

「あ、うん、引かない引かない」

たぶん。っていうか、徐庶と私の関係なんてお互い飲み過ぎで吐いたのを介抱するくらいには醜態を晒しているので、今更だと思うけれども、引くようなことがあったのかと若干聞きたくなくなるし「……嘘だ」とか徐庶がぼやくので、うるさいどうでもいいからさっさと言えよと面倒くさくなる。
そんな不毛な攻防を何度か繰り返したあと、徐庶はようやくその重い口を開いた。

「…………彼女に、バレたんだ……」
「何が……?まさか浮気でも、」
「そんなこと、するわけがないだろうっ……!」

浮気の一言に途端声を張り上げ、拳をテーブルに打ち付ける。ちょうど、料理を持ってきてくれていた店員さんが吃驚していたので、小さく謝罪しながら取り皿をお互いの前に置く。温玉シーザーサラダを取り分けていれば、徐庶は唐揚げをつついていた。

「で、何をやましいことをしてたわけ」
「や……やましい、つもりは……なかったんだ……ただ、ちょっとこっそり写真を撮ったり、彼女の使ったストローとか匂いのうつったものを保存していたり、不安だから何時でも声が聴けるようにしていただけで……っ」
「………………」

徐庶の言葉に、つい手が止まってしまってべちょりと温泉卵が落下する。もったいない。じゃなくて。ちょっと待て。それは、もしかしてもしかしなくとも、盗撮盗難盗聴では……?

「ははっ……引いただろう……?」
「え、いや……えー……っと、徐庶がどんだけ彼女さんが好きなのかは、分かったよ!」

乾いた笑いをこぼす徐庶に、何故か条件反射で謎のフォローをいれてしまう。猫より断然犬派な大の犬好きの私は、どうしても徐庶のしゅんとへこんだ様子が犬耳と尻尾を垂れている大型犬に見えて仕方がないので、昔からついついばっさり否定できない。孔明には悪い癖だと度々叱咤されたけれど、結局なおらないままだ。とはいえ、言葉にできないだけで、内心は正直(え……なにこいつ怖い!マジ怖えよ!ちょ、友人がヤンデレとかマジでwww)とドン引きしていた。
まあ、確かに前々からちょっとそういうきらいがある気はしていたけれども。幾ら恋人だとはいえ、それは、やっぱり、気持ちが悪い。と、彼女さんは思ったのだろう。きっと。なにせ犯罪行為だ。君への愛ゆえにとか言っても犯罪行為だ。イケメンなら何やっても大体許されそうだと思っていたけれど、違ったらしい。

「そう……だよ、好きなんだ……こんなにも、好きなだけなのに……っ」

だけ、で犯罪に走られたら彼女さんもたまったもんじゃないかと。うっ……と嘆く徐庶には悪いが彼女さんの気持ちも分からなくはないというか、完全に非は徐庶にあるのでどうしようもない。そういえば、大学時のまだ付き合っていなかった頃から彼の携帯の待ち受けは彼女さん(明らかに目線がこっちを向いていない)だったな……と思い出す。あの頃からか。
私は大学時は、二次元とパン屋のバイト先の可愛い後輩であった奥様方のイケメンアイドル関索くんにきゃーきゃー黄色い声をあげていた(関索くんには可愛い彼女がいたので二人揃うとなお良し)ので、徐庶の片想い姿なんて、わー健気だね頑張れー、くらいにしか思っていなかった。うん、物凄く他人事だった。
一度、なんかの飲み会で潰れた私は朝起きたら徐庶の家のベッドで爆睡していたけれど、恋なんて芽生えなかったし。孔明達にも、なんでその謎の仲の良さで男女の間違いが起きないのかと訊かれたことがあったけれど、その時私と徐庶は睛を見合わせて「だって徐庶私の好みじゃないし」「えっと……そうだな、何故か名前は違うんだ」そう答えるくらいには、お互い恋愛対象から除外されていた。

「ちゃんと謝った?」
「謝ったよ……っ、コレクションだって全部捨てて、もうしないからって……だけど……っ、」

駄目だったのか。余程、彼女さんにとってはショッキングで嫌なことだったんだろう。自分に置き換えてみようとするけれど、実際はどう思うかは分からなかった。
いやもう、これ、徐庶が全部悪いんだから諦めなよ、と言えれば楽なんだろう。だがしかし、うなだれてめそめそ泣く姿に「ほら、そんな泣いてないで揚げ出し豆腐食べなよ」とお皿をすすめてしまう意気地なしなのが私なので、これもどうしようもない。
けれど、徐庶は揚げ出し豆腐に手を付けず、見つめたまま「もう駄目だ……っ、こんな、こんなっ……彼女が俺の前からいなくなるなんてもう死ぬしかない」とか言い出す始末で。
ええー……っと、余計ドン引いてしまう。これは、もしかして、私が思っていた以上に重症かもしれない。恋の病の。
「いや、死ぬのはよくないと、思うよ……?」当たり障りなくビビりつつ言ったら「……そうだね」と応えにホッとするも、その声がやけに落ち着いていたことに嫌な予感がしていたら、やっぱりそれも束の間で。

「彼女も一緒じゃないと」

更なる爆弾投下をしてきやがった。ちょ、アーーーッ!どうしてそうなった!?

「ちょ、じょ……、」
「ああ、やっぱりそれがいいね……ははっ、そうすればずっと一緒だ」

ぽろぽろ涙をこぼしながらも、さっきまでの悲嘆はどこえやら何故だか機嫌が良さそうに笑う姿に、背筋に薄ら寒いものが走る。
これは、完全に彼女を殺して俺も死ぬ思考になっているんですけれど……!ヤバいこれマジだヤンデレマジだ彼女さん逃げてちょう逃げてええええ!!と内心絶叫しつつも。

「い、や、いやいやいや……!それは不味いって!ちょ、徐庶落ち着こう?!」
「はは、どうしたんだい名前、俺はちゃんと冷静だよ」

爽やかなイケメンスマイルで返され、顔真っ赤で目元も腫らした酔っ払いの何処か冷静だ……!!と盛大にイラっとする。徐庶って昔からうだうだうだうだ悩むくせに、たまに妙な方向に思いきり吹っ切れる奴だとは知っていたけれども、これは、ないわ。おかしい。友人が殺人者として捕まるとか……!!あれか、後日ニュースで私は加害者の友人Aというテロップと共に首から下だけ映って胡散臭いヘリウム吸ったみたいな声で「まさか……彼がそんなことをするなんて……」とか言う羽目に陥るのか!!?と混乱してしまう。駄目だこれでは、私がまず落ち着かないと。

「待った、たんま、折角大手企業に就職して順風満帆状態なのにそれをわざわざ捨てるのはどうかと」
「ああ、それも彼女のために安定した職に就きたかっただけだからね……もう意味がないよ」
「えええ……じゃ、じゃあ、私たちのことは……?友達おいて逝っちゃうわけ?やだよ私徐庶の葬式出るの」

一度目の説得の失敗に、それじゃあと、なにより嫌だと思うことを告げれば、徐庶の端整な顔立ちが僅かに歪む。だけど、直ぐに「そう言ってくれる友人をもって俺は幸せだな……けど、すまない、名前」そういらない謝罪をしてくるので、正直殴りたくなった。そうしなかったのは、やっぱり怒りより悲しみが勝ったからなのだろう。今直ぐ見捨ててここを出ていきたい衝動に駆られるけれども、そんなことをすれば、やばい。何がって、彼女さんの命がだ。ストーカー行為に走り犯罪を厭わない徐庶ならば、やらない保証がないからだ。
つまり、今の私の手には何故か徐庶と彼女さん二人分の命が乗っているのだ。
お前なんてこっちから友達やめてやる!状態な徐庶なんてもうどうでもいいけど、彼女さんの方はそうはいかない。後日ニュースでもしそうなっているのを見てしまったら、私は一生心底後悔することになるのは目に見えている。
…………嘘だよ。徐庶だってどうでもよくないよ。幾ら友達がいのない奴でも、見捨てられないよばーか。
そう思って色々理由をこじつけては頑張って説得するも芳しくなく。
駄目だこれ、どうあがいても絶望しかないのかこの野郎……!奇跡も魔法もあるんなら希望だってあってもいいはずだろう!と、どうにかこうにかもがく私は苦し紛れに「というか、さ。そんなことをするより新しい恋を見つけた方が絶対いいって!ほら、徐庶のそういう重……深い愛情をちゃんと受け止めてくれる人がいるよ!(きっと)。そんな運命の人にまだ出会ってないだけなんだよ!!(たぶん)」と言ったらようやく「……そう、かな」と、ちょっと反応が変わった。

「そうそう!絶対そうだって!今の彼女さんは徐庶の運命の人じゃなかったんだよ!だからそんな人のことはもう綺麗さっぱりすっきり忘れて、新しい恋しなきゃ!」

この機を逃してなるものかと、畳みかける。運命の人とかwww、とぶっちゃけ素面なら草を生やしてしまうレベルだけれど、私も焦りからかやけに乾く咽喉をビールでがぶがぶ潤していたせいで酔っ払っているのだろう。気にならない。身に余る使命感とかでやっぱりいっぱいいっぱいだったのだろう。

「そ、うか……そう、だね……君の言う通りかもしれない」
「そうだよそうだよ!ほんっとうに大好きなら、そんなことで嫌いになったりしないよー!」

と、私のテンションも正直おかしい。そんなことはイコールで犯罪だというのに。けれども、徐庶もそんな私のおかしいテンションにつられてくれたのか「そうだね……」今度はしっかりと頷いてくれた。

「まだ、時間がかかるかも知れないけれど……頑張って吹っ切るよ……」

と、ようやく平常に戻った徐庶に、うわー!ヤバかった!なんとか回避した!!ヤンデレBADENDルートフラグへし折ってやったぜ!!私のじゃないけどな!!他人のだけどなっ!!と勝利を噛み締めるくらいには酔っていた。
じゃあ飲み直そう食べ直そう!と明るくなった雰囲気の中「あ……、すまない、名前。さっきは、酷いことを言ってしまって……」ようやく相変わらず顔は真っ赤だけど、じめじめ感のなくなった徐庶が凄く申し訳なさそうに謝ってくるので「別にいいよそれくらい!徐庶と私の仲じゃん!」と達成感にテンション上がったまま答える。

「君は、本当にこんな俺のことを見捨てたりしないでくれて……ありがとう」
「え、そんな急に真面目言われると照れるから!ほら!もう辛気臭いのはなしなし!」

あらためて言われると本当に照れくさいし、その一言でさっきの悲しい気分が影も形もなくなってしまうのだから、我ながら現金だ。だけど、真っ赤な頬に涙の跡を残したまま、はれぼったくなった瞼で笑みをかたどる徐庶を見れば全部帳消しになってしまうのも仕方ない。私まで嬉しい気分でにこにこ。明らかにビールの飲み過ぎでこの後地獄を見る羽目になるんだろうけれど、今この瞬間に徐庶も一緒に笑ってくれているのならばもうなんでもいいような気がした。
だから。徐庶が、とても嬉しそうに眩しそうに、まるで宝物を発見した子供のような瞳で私を見つめていることになど気づかなかった。




そして後日。彼女さんとは何事もなく別れたらしく、良かった良かったと安堵する。無事に無理心中を防げたことと、警察沙汰に持ち込まれなくて良かったねというアレだ。訴えられるレベルだっただろうに。
ただ最近以前よりも徐庶と過ごす時間が増えた。彼女ができてからは偶に飲むくらいだったのが、ちょこちょこ食事や映画に誘われるようになって、大学生の頃みたいだと懐かしく思う。がさつな性格のおかげで女子同士のあの感じが苦手だった私は、何故だか徐庶と一番気が合っていたのだ。講義サボったぶんのノートを見せてもらったりと、結構迷惑もかけたけれど。

その日も水族館の券を貰ったと誘われたので、動物園より水族館派な私はなにも気にせずに、わーいと、二つ返事で了承した。じきにクリスマスだからか、館内の装飾もモールが使われていたりツリーやリースが飾ってあったりと、キラキラ心が躍る。カップルの姿が多いのには、リア充どもの巣窟めwwwと、見ないことにした。結局仕事が忙しいせいで、恋人はおろか、好きな人さえできずに一年が終わろうとしていることにも目を瞑る。来年の初詣にはリア充になれますようにとかお願いするべきだろうか……と、透明なガラスの向こうでイチャイチャしている魚に、ブルータスお前もか!とつっこんでいると不意に手に触れるものがあって、ん……?と思う。
見れば、それは徐庶の手だった。寒い外から館内に入ってしばらく経つというのに、未だ冷たさの残る私の手を温かくて大きくてごつごつした手が包んでいた。なんだこれ。つい視線を上げて「徐庶?」疑問の眼差しをおくれば、それを正確に読み取ったのだろう「人が、多いから」と言われる。

「子どもじゃないから大丈夫だよー」

さらっと離そうとするも、離れなくて、あれ、と疑問が増す。決して強い力ではないのに、そこには確かな意思が込められているようで。

「えっと、はぐれたら、困るだろう……?」

そう、ふわりと、とろけるくらい甘く微笑んだ徐庶に、どうしてだか警鐘が鳴る。何故だか私は何かとてつもない大間違いをしでかしてしまった気分に陥るも、後の祭り。
彼の手に込められたものが“離さない”ではなく“逃さない”であるような気がしてならなかった。

20151231

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