「さあて、今日はどこまで行きましょうかお嬢さん?このミラージュ様にお任せあれってね。おっ、そのイヤリング、オニューじゃん!よおく似合ってるぜ!」
「ミラージュ」
「服装だって、綺麗なブルー!いやあ、やっぱ青っていいよな!空の色、海の色、そしてこの俺のイメージカラー!あっ、もしかして俺とオソロ?ペアルック?意識してくれた?はーーっ、どんだけ可愛い事するワケよ!俺のスパークはとうの昔にキミにメロメロだってのに、まったく罪作りなお嬢さんだな」
「ミラ……」
「そうだな、海辺のドライブとでも洒落込むとするかい?爽やかな海風に吹かれながら俺のテクニックでかっ飛ばせば気分も爽快!それはハッピーなデートになる事請け合いだぜ?!」
「…………」

駄目だ。相変わらず口を挟む隙がぜんぜんない、雄弁すぎる青にとうとうこちらは閉じてしまう。
よくもまあ次から次へと関心するくらいだ。もとより引っ込み思案で口下手なわたしとミラージュとでは喋る量とスピードが違いすぎて、こうなるのもいつもの事とはいえ。オートボットの戦士とかやめてコメディアンにでも転職したらどうだろうかと思うくらい人間くさい彼の物言いは、普通に恥ずかしい。ちょっと切った前髪にだって瞬時に気づいてしまうくらい、恋人としてはよくできているとこも照れくさい。
ハイテンションでハイスピードなマシンガントークを、ゆっくり頭のなかで咀嚼するとなかなかに赤面ものなのだ。少しは受け流す事を覚えても、こっちははじめてのオツキアイなのだからもうちょっと手加減してほしい。
などと言えるわけもなく。
わたしの返事をきく前に走り出したポルシェへ「安全運転でね」それだけどうにかしぼりだすと、シートへ預けた身体からそっと力を抜いた。パトカーに追われるのはごめんなので。

ブルックリンから少し離れたビーチは、観光客とかもそれなりにいて賑わっている。どうにか人気のないところを探し出し、停車したポルシェから降りて伸びをする。その間にうしろでは金属音がして、静かになったタイミングで振り向けば、そこにはもうスマートなシルバーの車はなくロボットがいるのだから何回見ても魔法のようだ。

「やっぱり魔法みたいだね」
「おいおい、キミがトランスフォームの度にそう言うから、俺はそろそろ自分が実は魔法使いだったか?って思ってきた頃さ」
「ふふ、だって」

両手をやれやれって感じであげる仕草もほんとうに人間くさいし、似合っていて笑ってしまう。ミラージュと知り合ってから楽しくて笑う事がとても多くなった。
短くのびた草で青々とした地面にハンカチを敷いて、途中のドライブスルーで買っておいたお昼ご飯をわたしが食べてる間もミラージュのお喋りは止まる事を知らないので、どうにか咀嚼の合間に相槌だけうつのもよくある事だ。
砂浜の方にはどこを見ても人がいるので海に近づけなくとも、ここからでじゅうぶん燦々としたおひさまの光に煌めく水面はうつくしい。
ミラージュを見上げれば、こちらもシルバーが陽光を反射して眩しくも綺麗だ。
わたしの視線に気づいて「どうした?ミラージュ様に見惚れてるのかい?もっと見てくれて良いんだぜ、今日のためにノアに頼んでワックスがけを入念にやってもらったからな!」金属でできた表情はとても豊かに感情をあらわす。他のオートボットとも顔を合わせた事があるけど、だんとつでミラージュが一番表情が分かりやすいと思う。
彼の冗談とも本気ともつかない雄弁さを、けれど嘘ではないとわたしが思うのは、そこに裏表はなくて、ただミラージュがほんとうに思った事を言っているというのが伝わってくるからなのだろう。

「……うん、見惚れてるよ。その、とってもカッコいい」

だからわたしももう少し勇気と度胸で、自分の言いたい事をちゃんと彼に伝えられるよう言葉にしたいと思えるのだ。

「ミラージュ、わたしの事を好きになってくれてありがとう。大好きよ」

恥ずかしいけど、つっかえたりどもらずにハッキリ言えた。満足感にほっとして、でもやっぱり照れくさいので誤魔化すように視線を下げ飲み物のストローへ口をつける。
ひとくち、ふたくち。知らずカラカラだった咽喉を潤して、そこで気づく。静かすぎる事に。さわさわと風で草の揺れる音しかしない空間に、あれ?と不思議がるのと同時に顔を上げたら。

「…………」

こちらを見下ろしたまま停止しているミラージュがいた。
しかしそれも束の間「は、あーー……ッ」なんとも言い難い声をあげて手で顔を覆う。きゅるきゅるぎゅるぎゅると忙しない音が彼から響く。

「おいおいおいおい、ずるくないか?なんだよそれ一撃必殺?クリティカルヒット?もうメロメロな俺のスパークをこれ以上めちゃくちゃにしてどうしたいワケよ」

いつもより小さく聞きとるのが難しいくらいの早口で、だけど、たぶん彼が人間だったら、今その顔は真っ赤になってるんだろうなとわたしに確信させる声音に、申し訳ないけど前言撤回。
わたしの宇宙の恋人は、カッコいいだけじゃなくて、とってもかわいいようだった。

2023/08/22
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