※現パロ転生審神者/日光記憶有り



たまたまだった。
たまたま、とてもスッキリと清々しく、目覚ましが鳴る前に起床して。その機嫌の良いまま支度を済ませ、前から気になっていた駅に向かう途中の喫茶店で出している美味しそうなモーニングを食べてみようと足取り軽く家を出て。
思っていたとおりの美味しさに舌鼓を打ち、それでもやっぱり少し時間のはやいまま、たまたま何時もより一本前の電車へ乗った。
それだけだった。
それだけだというのに、途中で乗り換えのため大きな駅で下車した私は朝のラッシュで混雑するホームに、それでも見つけてしまった。

「…………」

相手もそうだったらしく、睛を奪われた先で不意にこちらを向いた淡い菫青の双眸がレンズ越しに見開かれる。
珍しい表情だと思った。はじめて見る表情な気がした。脳裏に浮かぶのは無愛想な程に涼しげな無表情ばかりだったからだ。
日光、と言いかけてしかし咄嗟に口を噤む。白い装いではなく至って普通のスーツ姿の彼は確かに日光、日光一文字だったが“私の”日光一文字であるかどうかはまた別だと気付いたからだ。
けれどそんな瞬時の懸念も日光が「……主」と小さく呟いた事によって解消される。私はそれに合ってたと正解を思うよりも、こんな吹けば消えてしまいそうな、線香からくゆる烟のような声もはじめて耳にしたと場違いな感想をいだいた。日光一文字といえば静かに、けれどはっきりと物を言う刀だったからだ。
感動の再会、というには微妙な気もする。日光との仲は、遠くも近くもなく、普通、みたいな距離感だったせいだ。これが初期刀とかであれば御涙頂戴のドラマを朝から繰り広げた可能性はあったかもしれない。
あと人波で忙しない駅のホームで立ち止まっている私たちは控えめに言って邪魔だった。とりあえず日光を手招きして、階段の壁になっているところで肩身を狭くする。隣を見上げれば、先程より近くなった距離のぶん首の角度が急でなんだか懐かしい。相変わらず背の高い事だと眺めれば、長かった襟足はばっさりとなくなっていて、耳にピアスは輝いていないけど穴はあると気付く。

「私、会ったの日光がはじめてですよ」
「……俺もだ」

挨拶もすっ飛ばして、でもはじめましてもひさしぶりもどうにも似合わない気がして。

「そう考えると、すごい確率な気がしますね。元気そうでなによりです」

日光としては一文字の面々に会いたいだろうに、主で申し訳ないと謎の居た堪れなさに苛まれるけどこればかりはしょうがない。

「日光はいつ記憶が?」
「小学一年の頃だ」
「それははやいですね。私は中学ニ年生の頃でそれでも混乱したのに、大丈夫でしたか?」
「幼かったのが功を奏したのであろうな、不思議に思えど記憶が馴染むのにそう時間はかからなかった筈だ」

堅苦しい口調につい笑ってしまう。今世でもこの言い回しなのかと思いつつ、成程と相槌を打つ。この世界に時間遡行軍は存在しなく、審神者という職業も存在しない。なので、私なんてあまりの記憶のファンタジーさにこれが厨二病でのちの黒歴史かと焦ったものだというのに。閑話休題。
そうして私と日光はぽつぽつと言葉を交わした。前世の私はやっと中堅どころかという頃合いにうっかり事故死したせいで、だいぶ突然彼等を置いて逝ってしまったものだが、その後どうだったんだろうかという疑問はあれど、こんなとこで訊く話題ではないだろうと自重した。それに、あっという間に余裕だとばかり思っていた時間がもうないと気付き慌てて。じゃあ連絡先交換でも、とそこでふと思う。
ついなんだかんだ嬉しくて、同類だと認識してなれなれしく接してしまったけど、日光的には別に前世では主でも今世ではただの他人の私に興味とかないのでは?記憶を共有していてもそれだけだ。恋人とかいたら申し訳ないし、今の日光に果たして関わって良いのだろうか?と新たな懸念が胸を満たす。

「主?」
「あー……えっと、もう主じゃないですし、日光は日光の人生歩んでますし、今日これだけの邂逅にしておいた方がいいですかね……?」
「……いや、貴方が嫌でないのであれば俺の事は構わずとも良い」

主ではないと言ったからか、貴方という呼ばれ方はちょっとくすぐったい。私は別に嫌ではないし、日光もそうならば別に良いかと楽観的に考えて笑顔を浮かべる。

「じゃあ、それならお友達?という事で」
「あいわかった。友人からであるな」

日光も頷いたのでお互い連絡先を交換して、時計の針に急かされるままあっさり別れた。
早起きしたおかげで良い事あったと終始ご機嫌のまま通勤した私はまだ知らない。この後、日光に食事に映画に博物館にエトセトラにと誘われて、こちらからも同じく誘うままに会って、途中でこれお友達というよりデートみたいでは?と思っていたら、結婚を前提としたお付き合いの申し込みをされて。何時からと思った瞬間、そう言えば再会時に“友人から”って言ってましたね……とその時になってやっと気付く事になるのを。

2023/08/22
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