※暴力表現有り



「返せ。それは、お前の付けていいものじゃない」

その台詞を何度聞いたか。
どこまでも青く澄明なオプティックが左肩を真っ直ぐに見つめる度、懲りない奴だとスカージは嘲笑する。とはいえ“何度”も“懲りない”も己の選択の結果でしかないのだが。ナイトバードやバトルトラップに言わせればよく飽きないものだと呆れられている行いを、けれどスカージが止める気配は未だなかった。

始まりはもう随分と前の事だ。スカージにとっては何時もとなんら変わりない、主の食事の邪魔をしようとする相手を狩るだけの酷く簡単な作業だった。稀に手応えのある者が居ても結局はユニクロンに力を与えられたテラーコンの敵ではなかった。そう、敵ですらない。ただの獲物だ。
それでも奮闘した者であればそのインシグニアを戦利品として奪ってやっても良い。その時の相手もそれに相応しかった。だから物言わぬスクラップと成り果てた機体から無造作に剥がし取ったのだ。

「……やめろ」

聴覚センサーに微かに、けれど確かに届いた声に、そういえばもう一体居たのだったと緩慢に振り返った先で、青いオプティックがスカージを射抜いた。
右腕はもげ、胴体も破損が酷い、満身創痍の死に損ないといったていでありながら、眼差しだけは煌々と力強い。そこでこの死に損ないとこのスクラップが、良いコンビネーションで戦っていたとスカージは思い出した。
互いを補助し、それぞれの持ちうる力を引き出していたそれは、久し振りにスカージの機体を多少損傷させた。
これもさっさととどめを刺し、まるで誇りだと言わんばかりに煌めくインシグニアを奪い取ってやるべきだろう。思って、けれどスカージにはもうひとつの考えがブレインに浮かんでいた。

「弱者の言葉を誰が聞く?俺に命令をしたいのならば殺してからだ」

死に損ないの目前で肩に新たな戦利品を飾ってやれば青は憎悪にまみれる。それを心地良く眺めて、スカージは死に損ないを生かす事に決めたのだった。

忌々しいマクシマルどもの所為で未だトランスワープ・キーの在処は分からず仕舞いのなか、追う側ではなく追われる側になるというのも良い退屈凌ぎになるだろうという、ただそれだけの事でしかなかった。
スカージの気紛れで生かされた死に損ないは、スカージの希むとおりに何度も追いかけて来た。その度にスクラップ寸前まで痛めつけられようが、何度も。
だというのに馬鹿の一つ覚えのように「返せ」と言う。
その様はスカージのオプティックにどこまでも滑稽に映り、彼を愉しませた。接敵する毎に力を付けて、それでもスカージには決して敵わないにも関わらず、僅かも諦めない。
純然たる憎悪と殺意だけを青い炎のように燃やすオプティックで射抜かれる度、言いようのない歓喜がスカージを満たした。
だから、今回もまた徹底的に捩じ伏せてやった。高い機動力を誇る足を吹き飛ばし、崩れた体勢も見逃さずその装甲に重い一撃を見舞った結果、地面に這いつくばったまま身動ぎも出来ないでいる。
それを見下ろして、スカージは強者の余裕でもって悠然としゃがむと無造作に頭部を掴んで顔を上げさせる。
途中で顔面に攻撃を当てたせいで、片方の青には罅が入っていた。

「ああ、まったくお前は、何時になれば俺を殺せるのだろうな?」
「…………」

わざわざ視線を合わせて問いかければ、損傷に霞んでいた色が鮮明さを増す。そうだ、とスカージは思った。ずっとその眼差しで己を追えば良いと。スカージを殺す、ただそれだけの為に生きていれば良いのだと。
けれど。

「……返せ……それは、お前の……付けて良いものじゃ、ない」

スカージの肩を、そこに飾られたインシグニアのひとつを真っ直ぐに見つめるオプティックにあるのは、憎悪でも殺意でもない、何時まで経っても決して消える事のない澄明な想いの込められた輝きだ。
それが無性に不愉快で。スカージは掴んだ頭部を一切の手加減なく地面に打ち付ける。鈍い音と共に、機体から力が抜けていくのを手の内に感じとって離せばもうピクリとも動かない。僅かな駆動音だけがまだ生きている事をスカージへ告げた。
何度。何度繰り返せばあの輝きは完全に消え去るのか。
懲りないのは己の方だとは決して認めないまま、スカージはその場を静かに立ち去ったのだった。

2023/08/22
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