アイアコンシティに聳え立つ荘厳なタワーの上部、今回もまた何時もと同じように地上における“マトリクス探索が失敗”に終わり帰還した一行の元へ駆け寄ってくる影があった。

「センチネル!」

小柄なウーマンタイプのそのトランスフォーマーは、アイアコンの偉大なるリーダーの名を呼び無遠慮かつ無防備に近付いて来るが、エアラクニッド含め護衛する者達は誰も警戒しない。

「ああ、ただいま。変わりはなかったか?」

相好を崩し応えたセンチネル・プライムの通りにその必要性がなかったからだ。

「お帰りなさい。平和なアイアコンだもの、変わりなんてある訳がないでしょう?それより今回も無事で良かった」
「当然だろう、君が出迎えてくれるんだ。私は必ず無事帰還するとも!」

心配げにセンチネルを見上げていたが、損傷のひとつもない彼の自信に満ちた言葉と、愛しさを隠そうともしない双眸によってようやく彼女のおもてへやわらかな笑顔が花開く。それをエアラクニッドはただその複眼で記録した。
帰還したリーダーのやる事は多い。再会もそこそこ名残惜しげに、今回の“成果”の放映へと向かったセンチネルの後に続こうとしていれば「エアラクニッドもお疲れさま」労いの言葉がかけられる。

「仕事ですから」
「お仕事でも、いいな。何時もエアラクニッドは一緒に行けて」

次いで今までに幾度も投げかけられた羨望。

「私も変形出来ればセンチネルの役に立てるのに」

拗ねたように言う彼女の横顔に、エアラクニッドのメモリに刻まれた記録が知らず再生される。そこには空を駆けるうつくしい機体があった。エアラクニッドはらしくなく度々見惚れてしまったものだが、それも既に失われて久しい。
彼女の空虚な胸元。そこにあった筈のトランスフォームコグをアイアコンの英雄が何処へ隠したのか、それとも廃棄したのか、エアラクニッドは知らなかった。

「エアラクニッドみたいに格好良く戦えるようになりたいけど、センチネルに止められるし」

機動力を活かし親衛隊の中でも戦闘に秀でていた彼女はもういない。
最後にその戦う姿を見たのは何時だったか―――エアラクニッドの精緻なメモリは瞬時に回答を映像化する。
『センチネル!どうしてこんな事を……ッ!』
プライム達を始末したあの時、悲痛な叫びが、センチネルへ向けられる武器と殺意が、説得に決して応じようとしなかったプライム達を真摯に敬い常に職務を遂行していた清廉さが―――今の彼女を生んだのだ。
彼女に特別な想いを寄せ、手加減しようとしていたセンチネルだったが、その猛攻に加減し損ねた一撃が運悪く彼女を酷く損傷させた。
けれどスパークを失うに至らなかった損傷は、運良く彼女のメモリの大半を失わせた。
記録の殆どが欠落した彼女に、センチネルが“真実”を信じさせるのはあまりに容易な事だった。
そうしてセンチネル・プライムの寵愛を一身に受け、また彼に同じものを返す彼女を見守ってどれだけのサイクルが経ったか。過去の彼女を知る者が見れば哀れな愛玩人形だと嘆くだろうが、それはエアラクニッドにとっての真実でもない。センチネルも何時も言っている。例えまやかしであろうとも彼の示す“真実”だけがこのアイアコンでは正しいのだ。何も問題はない。

「センチネルの言葉ではありますが、貴女が待ってくれているという事実が大事なのであり、ただそれだけで良い」
「エアラクニッドまで!」

諌められて不服そうな表情には、しかし喜びの色もある。それを紫の複眼で捉えた瞬間湧き出た感傷を、しかしエアラクニッドは瑣末なエラーだと処理したのだった。

2024/09/22
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