※レーゾンテートルの前哨戦のその後のおはなし。時間軸A24版シーズン1、7話あたり。



食人街に程近い区画、落ち着いた雰囲気の喫茶店のドアをくぐったのは赤い色彩の悪魔だった。髪の毛から靴まで、深い血の色で統一されており睛を引いたが、その理由は色よりも彼が地獄の悪魔から恐れられるラジオ・デーモンだからだった。
店内に入り視線を巡らせたアラスターは直ぐに目的の人物を見つける。相手は先に気付いていたのだろう交差した視線が、やわらかく細められた。

「アラスター!ひさしぶり。おかえりって言った方が良かったかな」
「お好きなように」

挨拶を交わしつつ、ふたり席の片側へと腰掛ける。店員に珈琲を注文し、膝の上で手を組んで向かい合う。相手は以前より華やかさはないが、シンプルに品の良いスーツに光沢のあるネクタイが上手く合わさっており、相変わらず洒落者という印象であった。

「七年ぶりだったかな?元気そうでなによりだよ」
「貴女こそ、V軍団の飼い犬となった割に元気そうだ」

アラスターの揶揄いに、元上級悪魔はしかしきょとりと瞳を瞬かせる。

「ああ、違うよ。それを言うなら、私はヴァレンティノの犬だ」

そうして、訂正するのがそこなのかという返答を大真面目にしてくるのだから、変わらず愉快であった。

「きみの方こそホテル、確か悪魔を更生させる施設に協力しているのだろう?相変わらずおもしろいなあ」
「貴女には負けますよ」

肩をすくめるアラスターに、ふふ、と微笑み珈琲を一口飲んでから続ける。

「プリンセスの事業なんて、きみにはただの娯楽に過ぎない筈だ。失敗しようが成功しようが、どちらでも滑稽な喜劇だからね」

穏やかに言う声を聞いているうちに、アラスターの珈琲が運ばれてくる。飲んでみれば口内へと深い味わいが広がった。悪くないと感想をいだくアラスターに「良い珈琲だろう?最近見つけたんだ」向かいから楽しげに言ってくる。
珈琲好きも相変わらずのようであり、アラスターもその舌は信用していた。

「それに私もだけど、きみも、天国も救済もクソ程に興味がない。誰もが幸福に平和に過ごせる世界なんて、何が面白いのだろうか」
「おや、更生に興味があおりであれば、紹介して差し上げたものを」

その言葉には同意しかなかったが、わざと茶化す物言いで返した。

「ふふ、それはすまない事をした。ああ、だけど、悪魔を虐殺するエクソシストどもの楽しそうな事。あれではどちらが悪魔か分かったものではない。案外天国も地獄と大差ないのかもしれないね」

だとすれば天国へ行くのもおもしろそうだけど。そう続ける様は、やはり価値観が自分と近いようにアラスターには思えた。最もこの元上級悪魔に野心はなく、地獄の支配にも興味はなかったが。過去に殺し合いをした相手にさえ友好的なのだ、アラスターにとっても友人―――触れられても問題のない相手であった。

「そうだ、次のエクスターミネーションはホテルが標的となっているのだろう?戦力が必要なら手を貸すけど」
「なに、じゅうぶん手は足りていますとも。しかし、フフ、そんな申し出、飼い主に怒られるのでは?」
「私の個人的な行いだけど、怒られるかな。じゃあやめておこうか」

誰の飼い犬であっても、所属で言えばV軍団という事になる。アラスターもホテルも、エクソシストによって甚大な被害を受け綺麗さっぱり消滅する事を望んでいる集まりだ。一存でどうにかなるものではないだろう。
言えばあっさり諦めていた。そもそもこうやって親しげにアラスターと会っている事自体咎められそう―――特にテレビの悪魔に―――なものではあるが、そういった意識もないようだった。
そうして他にも様々な雑談で花を咲かせながら、珈琲に舌鼓を打ち、穏やかな午后の時間は過ぎていったのだった。



ヴェルヴェットはちょうど会議を終えたところであった。
近頃は早まったエクスターミネーションの事など地獄の情勢は忙しなく、こうしてVVVの三人で顔を合わせての話し合いも以前より増えている。
さっさと退席する為に向かった扉が、しかし逆から開かれた。そこから顔を覗かせたのはヴァレンティノのお茶汲み係であった(本来は雑用係とボディーガードも兼任しているが、ヴェルヴェットが一番認識しているのはソレだった)。

「ああ、ヴェルヴェット!今日も素敵だね!ちょうど良いタイミングだったかな?はい、これ。きみが昨日言っていた、新しくオープンしたお店のスイーツ」

明るく言いながら差し出された紙袋は確かに昨日見たばかりのロゴだ。

「私にはよく分からないけど、映え?というのだろう。随分見た目が華やかで驚いたよ」

今の流行の最先端である、写真映えするスイーツはそれなりに並ばなければ買えなかった筈だが、そういった労力をひとつも顔に出してこない。たまたまそんな会話をしただけで、買いに行ってこいとも言っていないその紙袋を受け取りながら、ヴェルヴェットは呆れたように息を吐く。

「まったく、その辺のオトコどもよりアンタが一番気がきくんだから、どうしようもないね」
「オイオイ、聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが?」

嘆息していれば後ろから声が割り込んでくる。扉で立ち話をしていたのだから当然であったが、ヴェルヴェットに続いて退席しようとしたヴォックスだった。振り返ればヴァレンティノの姿もある。

「ンッフフ、なんだ、また喫茶店巡りにでも行ったのかと思えば、ヴェルヴェットのお使いかぁ?」
「いや?今日はアラスターとお茶をしてきたんだ。コレは近くだったからついでに寄っただけだよ」

長身をいかして上から覗き込んで言うヴァレンティノに、あっさりと言い放つ声。

「ア?」
「ア゛ア゛ッ?!」

途端に、地獄の底を這うようなドスのきいた低音が重なり、ヴェルヴェットはひとり面倒くさそうに眉を顰めた。

「ちょっと!アタシを挟んでやるんじゃないよ」

そうして、さっさと立ち去る。修羅場を傍観するよりも今はスイーツを撮って、写真をアップする方が最優先だったからだ。

「珈琲に合うチョコも買ってきたんだ。後で一緒に出してもいいかな?」

ヴェルヴェットの去ったそこで、穏やかな声が言うが、ヴァレンティノもヴォックスも穏やかではない。特に因縁の相手の名にヴォックスからはバチリと不穏な音すら響いている。

「何をオマエは敵と仲良くやってやがる!」

吠えるヴォックスに、しかし返ってくるのは不思議そうな眼差しであり「今日会ったのは私のプライベートだよ」と返答すらあまりに軽い。暗にV軍団とは関係のない事だと言っていようが、それで、はいそうですかと納得出来る精神状態ではなかった。ラジオ・デーモンの名は一種、着火剤であり地雷に等しい。

「ふふ、ひさしぶりに会っても相変わらずおもしろい悪魔だったよ」

そんなヴォックスの低い沸点の事などまったく気にしない声が楽しそうに続ける。
ヴァレンティノは楽しくなかった。七年前から、殺し合いをした仲だというのに、珈琲好き同士という事もあって偶にお茶をする仲だとは知っていたがまだ交流が続いていたとは、というよりも七年ぶり、ひさしぶり過ぎて忘れていた。
アラスターの事を話す時はとても楽しそうだというのも、忘れていた。忘れていた不快感がザラりとヴァレンティノを撫ぜる。この気に食わなさもひさしぶりだった。
どうしてくれようかと思案していれば「でも、エクソシスト迎撃に手を貸そうかと言ったら断られてしまって、残念だったな」より爆弾を投下してくる。

「オ、マ、エ、は……ッ!!」

ブチ切れ間近のヴォックスの、鋭い爪の手がワナワナと震える。
その姿に、自分より感情を露わにしている相手がいれば逆に落ちつくという現象のとおり、ヴァレンティノは冷静さを取り戻した。

「お前の事だから善意じゃあねぇんだろ?フフッ、どういう風の吹き回しだ」

しかし声音は未だに少々甘ったるさよりも、剣呑さが勝っている。それを受けて、見上げてくる双眸は、やわらかく微笑んだ。

「いやなに、天使の血って金色できらきらとしていてキレイだったから。斬るのが楽しそうだと思って」

微笑んで、照れたように言う。

「…………」

思わず無言のなか、珍しくヴァレンティノとヴォックスの感想は、腐っても元上級悪魔だと重なったのだった。

2024/04/30
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