暑い。
夜のほどろより少し経ち未だ早朝と言える、布団の中で夢をみている刀もいるであろう時分だというのに、夏の盛りは既に高く上がった陽によってあまりに明るい。比例して、夜のうちに幾許か冷やされた外気も瞬きの間に上昇していくようだった。
背の高い木や建物であればまだ傍に影があっただろうが、汚れてもいい簡素な衣類に、つばの広い麦わら帽子を被っても畑の只中であっては遮るもののない陽光にじりじりと焦がされるばかりだ。
睛の前の真っ赤なトマトはおかげさまでつやつやと赤く、紅玉の如くうつくしいけれど。思いながら、パチン、鋏をいれてまたひとつ収穫する。傍らの籠を満たす不揃いな大きさの赤を眺めて、まだ全振りぶんには足りない気がして、再度青々と茂るトマト畑と対峙した。
パチン、パチン。園芸用の刃の短く持ち手の大きな黒く重厚な鋏の鳴る音に紛れて、どこか遠く鳥の聲がする。背筋や首筋を、じんわり汗が流れていく。後で着替える前にシャワーを浴びないといけない。額を伝おうとした雫を軍手で拭っていると「主」呼ばれて顔を上げる。
少し離れた位置に、それでも少々視線を上げなければならない長身。先に収穫した胡瓜と玉蜀黍を厨へ運びに行っていた日光が戻ってきたところだった。

「おかえりなさい、日光。重かったでしょう」
「あの程度、問題ない」

よく育った大きな物がごろごろしていたというのに、やはり刀剣男士の身体能力を人間基準で測るのは無粋らしい。

「トマト、もう少し収穫するので」

待ってくださいね。続ける間に、目前まで歩んできた日光が何かを差し出してきたので動きが止まる。見れば水筒だった。

「夏場はこまめな水分補給が必要であろう」

特に人の身には。そう言う日光の顔は、近さと帽子のせいで伺う事は出来ず、内番ようの黒の手袋に包まれた大きな手が手際良く蓋へ注ぐのを眺めた。

「ありがとうございます」

差し出されたそれを受け取って、口をつける。咽喉を心地よく通っていったのは冷えた麦茶だった。厨に向かったついでに日光が自ら考え用意してくれたのか、朝食を作る当番の者に持たされたのか、思うもそれは瑣末な気がしてやめる。その代わりかどうかは分からなかったけれど、半分程飲んだところで不意に気付く。
暗い。
目元が帽子の影のうちであったから、遅れた。服の上からでも感じていた焼けるような陽射しが遮られている。全身がすっぽりと暗い影に覆われていた。それは自分の運動靴の爪先の程近くにある、黒い運動靴の爪先から伸びていて、一家揃いの白いジャージのズボンから上がって、黒いシャツの胸元までで、やめた。
どんな顔をしているのか気になって、けれどこれもきっと無粋なのだろう。朝日子を一身に受けた背はきっとじりじりと焼けているのだろうし、帽子を被っていない深い葡萄色の髪も熱を吸収しやすいのだろうに。とはいえ、きっと何時もと変わらない涼しげなおもてなのだろう。影のうちであっても頬が熱い気がする私とは違うのだ、きっと。思って「ありがとう」もう一度告げるにとどめた。

2024/02/03
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