※生存ゆるふわ謎時空



手動で開けた窓から入り込む、心地よい風が頬を撫でていく。カセットテープをかけているから、通り抜ける風とアップテンポなナンバーが車内に満ちていた。ご機嫌でハンドルを握りながら口ずさむ。運転にもだいぶ慣れてきた気がすると思って、でもまだ怖いので車通りの少ない開けた道路を走っていた。
免許をとってから、吟味してやっと見つけた車は中古だけどはじめての愛車として少しは手にハンドルも馴染んできた頃。練習がてらの休日のドライブは平穏そのものだった。
バックミラーに見覚えのある気がする車の姿が映るまでは。

「あれって……」

思う間にぐんぐんスピードをあげて背後に迫ってきた、ブラッドオレンジに二本の黒い線が特徴的なボンネットのカラーリングは見間違えようもなかった。
一応の知り合いの姿に、奇遇だなくらいの感想をいだいていたのに追い越していったと思ったら、ウィンカーも出さずひとの前にやってきて。レッカー車なんだから交通ルール守ったらどうなんだろうと思っても、きっと馬耳東風、ちっぽけな人間のルールに縛られる気は全くないのだろう。
向こうもたぶん私の事に気づいてるだろうし、このままドライブに付き合ってくれるのかなという甘い考えは急に迫ったフックに「ひっ」反射でハンドルをきろうにも遅かった。
酷い音と衝撃でもって、フックは無情にも愛車のヘッドライトをぶち破って突き刺さったのだ。

「は……?ちょ、待っ、なにやって……うぐっ」

信じられないでいる私を他所に、急に重力がかかってカエルが潰れたみたいな声をあげてしまう。はるかに優れた馬力でもって無理矢理増したスピードは、法定速度を余裕でこえた交通違反状態に二重で嫌な汗が背中を冷やす。助けておまわりさん、と、どうかパトカーと出会しませんように、を同時に思う間にどんどん人気のない荒野へとやってきたところでやっとスピードは落とされて、やがて停車した。
驚きと逮捕される恐怖から解放されて、残った怒りのままに文句のひとつでも言わないと気が済まないと、急いで車から降りる。

「ちょっと!バトルトラップ!ひとの車になんて事、をーーー」

しかし残念な事に最後まで言う事は叶わなかった。レッカー車仕様のトップキックの姿が崩れて、あっという間に別の形へ組み上がり、巨大な影へすっぽり覆われてけれど、その暗がりから降り注いだものに睛を瞠ったその一瞬、ゴウッ、と重い風が頭上を通り過ぎたからであり。直後、背後から響いた酷い轟音と衝撃に叫んでしまったからだ。

「ひゃあっ?!……え、なに……って、ああああああっ!?」

振り返った私の視線の先へ広がっていたのは、巨大なとげとげの鉄球、チェーンメイスによって叩き潰され無残な鉄クズと化した愛車の姿だった。

「は?え……は……?」

二度見とかも出来ずただただ惨状を直視していれば、メイスがブンっと頭上を通って持ち主のところへ返っていく。

「ば……バトルトラップ!なにしてくれてんのっ?!」

勢いよく再度振り返って叫ぶのに、ひとの愛車をスクラップにした犯人は「お前こそなんだアレは」不機嫌そうな低音で返してくるだけで。

「なにって、こないだ買ったばかりの私の愛車ですけど?!」
「俺がいるだろう」
「……は?」

はい?不服げにひとを見下ろす格子のような隙間から煌々と照るオレンジに、ついまじまじと見返してしまう。
その台詞に、行動が意味するところは、まさか、いやしかし、そんな、だけど、答えはひとつだ。

「……妬いたの?」
「…………」

返答は無言だけど、むすっとした様子が如実に物語っている。えええ、と思っても、さっきまであった怒りが間の抜けたしぼみ方をしているのが分かってしまって。結局、はあ、と嘆息したところで気づいた。
私の周辺に散らばるオレンジの花の数々。名前も知らないけど、野花だろうそれは、バトルトラップがトランスフォームした時に彼の機体から降り注いだものだ。

「ねえ、これは?」
「……人間のメスは花を喜ぶんだろう」

怒っているというよりもどこか気まずそうで。ガラにもない事をした自覚からなんだろうけど、つまりその情報をもとに野花をむしって自分の車内にしまっていたのだろうーーー私にプレゼントするために。恐らく間違っていないであろう解答に辿りついて、そっと拾う。
マーガレットにも似たオレンジの花。不器用でぶっきらぼうなそれに喜んでしまうのだから私も大概だ。
巨大な機体に見合った規格外の嫉妬を向けてくる困ったワルモノに、やっぱり文句のひとつでも言わないと気が済まない。だけどその後に、お花のお礼を言おうと思って口を開いたのだった。

2023/11/14
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