※地の底にて星合のその後のおはなし。時間軸DC後、メガトロンとの会話



拘置所の薄暗い居室を照らしていた廊下の明かりが不意に遮られ、メガトロンは顔を上げた。音もなくそこへ立っていた機体は、逆光を背負って暗がりのなか、けれど笑った。

「おひさしぶりです、メガトロン様」
「……お前か」

にこにこ笑ったまま電磁柵を容易く解除して傍らに座り込んだ元部下は、その手に持ったグラスとビンをカチャカチャ鳴らしながら「ちょっとお喋りしたくて忍び込んできました……って言うのは冗談で、流石に一応面会許可は貰ってきたんで大丈夫です。あ、でも、これは秘蔵っぽいエンジェックス拝借してきたから、こっちは内緒にしててくださいね」よく回る舌で言いながら手際良くグラスへ液体を注いだ。口の軽さもフットワークの軽さも相変わらずだと思いながら、差し出されたグラスをおとなしく受け取る。

「それで、何をしにきた。汚れ仕事に従事しているのだろう、痺れを切らしてお前を寄越したか?」
「何って、だからお喋りですよ。この機会逃すともう当分なさそうな気がしたんで」

それにこんなとこで貴方に剣向けたってつまらないじゃないですか。言って、楽しげにエンジェックスを一口呷る姿に、過去の記録が重なる。『メガトロン様が指示くれないとつまらないから、末永く元気でいてくださいね!』誰に憚る事なく、ディセプティコンらしくない明るさでもって公然と言いきる様に、自分にたいする忠誠心も何もなくとも叛逆を疑う余地がなかった事を思い出していた。サウンドウェーブなどはあまりの軽薄さに理解していても毛嫌いしていたようだったが。
メガトロンはこの部下の事を武器だと思っており、逆もまた然りだったからだ。優れた使い手である間はコレが手元から離れる事はないと思っていたにも関わらず、なんの因果か気付けばオートボットのインシグニアを付けていたのだから些か驚いたものだった。

「いや、一応ボクってば裏切り者なわけじゃないですか。裏切った時メモリ破損して記憶なかったとはいえ、その後ちょっと思い出してからも戻らない事を選択したのはボクの意思だったので」
「今の儂がお前に何を言える立場でもない事くらい理解しているのだろう」
「でもメガトロン様にはお世話になりましたし。裏切っちゃってすみませんでした」

謝罪しているにも関わらず謝意は全く感じられないのだから器用なものだ。これでも当人は申し訳なく思っている事くらいは知っているので嘆息するにとどめた。

「お前の場合、裏切りというより浮気者といった方が正しいであろう」
「あ、手厳しい」
「それで、儂より優れた使い手なんぞオートボットにいたか?」
「うーん、そういうんじゃなくてですね。ちょっと好きなひとが出来ちゃっただけなんですね」

へらっと照れたように、しかし恥ずかしげもなく破顔する部下に思わず閉口する。次に口を開いて、とりあえずエンジェックスで咽喉を潤し、正直一瞬味が分からなかったがそんな事はおくびにも出さず、しかしメガトロンは「……そうか」と言うしかなかった。
唐突な惚気である。やむなし。一応あったシリアスな雰囲気が霧散した気がしてならなかった。
成程それは予想など出来る筈もない。思い直して渋い顔でエンジェックスを呷るメガトロンの事など気にした様子もない部下は「ちなみにプラウルなんですけどね」勝手に話を続けてくる始末だ。

「……お前は……他にもっといただろう」
「わ、メガトロン様ってば失礼ですね」

手綱も意味をなさず、命令には従いつつも好き勝手にしていたこの元部下がメガトロンはそう嫌いではなかった。口は軽く虚実は量りずらいようでいて裏表のないあっけらかんとした様も、敵味方問わず残酷に、いっそ平等に殺し尽くす様も、それは例え自身の命であっても天秤に揺らぎはない一種の正しさも、そのどれもが清々しくあったのだ。
オーバーロードと顔を合わせれば戯れ合いという名の殺し合いをし、シックスショットには存在を無視される事が多く、ブラックシャドウとは気が合ったのか親しげな様子だった。そのフェイズ・シクサーズの誰もがこの場にいないにも関わらず、どれだけ強くともいつ何処で呆気なく死んでいてもおかしくなかった刹那主義者が、こうして自分と呑んでいて惚気ている現状はいっそおかしかった。

「まあ良い。今も昔も、儂に何を言われようがお前は好きにするだけであろう」
「メガトロン様理解はやくて、ボクとしては良い上司で好きでしたよ。ホント、感謝はしてるんです」
「呑み終わったのならばさっさと行け」

珍しく殊勝な事を言う機体を追い払うよう手を振っても、そのおもては最後まで親愛に満ちていた。やはり毛色の変わった妙な部下だ、と思ってあらためて“元部下”だと意識し直す。恐らくまともに会話するのはこれが最後だろうと思ってしかし、メガトロンのスパークも不思議と穏やかであった。

なお後日、オプティックへ仕掛け直していたカメラの記録をおもむろに私室でひとり確認していたプラウルが、重い沈黙ののちにデスクをひっくり返した事を知る者は誰もいないのだった どっとはらい

2023/11/06
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