※なんちゃってSGパロ。暴力表現有り



「へえ、それで普段はどうしてるんだ?」
「ガレージに会いに行ってお喋りしたり、たまにドライブデートしたりかな」
「デート!ソイツはまた愉快な響きだ」
「ちょっと遠出してみたり、ドライブインシアターで映画みたりするの。ミラージュ結構映画好きだから」
「ハハッ、まるで想像がつかないぜ。なら今度ドライブデートととやらに洒落込むか、プライムにバレたらぶち殺されそうだけどな!」

楽しげな言葉に苦笑いを返しても、きっと“彼”はその意味を理解しない。表面をなぞるだけの薄っぺらさ。赤いオプティックを輝かせる中身のない空虚な笑顔は、だけど、どうしてだか本当のように見える。悪夢のような鏡の向こう側から、わたしは今日ももとの世界へ帰ることができないみたいだった。



気づけば荒廃した、彩度の低い廃墟じみた街の閑散とした道に立っていた。
風が吹けば土煙ばかりが舞うような、酷く物寂しい世界には見渡す限りひとの気配はなくて。なんでこんなとこに、ここはどこなのだろう、思う胸のうちも不安が溢れるほどにまるで忘れ去られた場所のような印象をわたしにあたえた。
あてもなく踏み出して、どれだけ歩いたか。距離も時間も分からない頃に、見知った色をみつけて駆け寄る。ポルシェのやわらかな流線に縋るようにふれて、ミラージュ、よかった、安堵とともに名を呼ぶ。
ひとりじゃなくなったこと、何より彼が一緒ならそれだけでさっきまであった不安も簡単に払拭されるのだから我ながら安直だ。だけど普段なら陽気な声が返ってくるのに、静寂のまま。どうしたのだろう。思ってもう一度、ミラージュ?声をかける。そうすれば金属の擦れ合う音がして、睛の前であっという間にロボットへと変わる。
そんな彼を見上げて喜びに微笑んで再度名を呼んだ刹那、おもむろに伸びてきた手で胴体を鷲掴まれ、痛みと苦しみに顔が歪む間に持ち上げられた。
無遠慮な、配慮の一切ない力で圧迫され息苦しさもあるなか、無意識に視線を向けた先にハッとする程鮮烈な赤があって思考が停止する。
記憶にある澄んだ青とは異なる、鮮血のようにビビットな色はただの硝子玉みたいな無感情さでもってわたしを映していた。反射のように彼の名を紡ごうとして、口を噤む。誰だろうと思ってしまったからだ。彼ではないと思ってしまったからだ。

「ーーーなあ、俺のコトを知ってるアンタは誰だ?」

僅かに首を傾げながらも、赤い、赤いオプティックは真っ直ぐにわたしに突き刺さる。陽気なイントネーションも喋り方も彼とおなじなのに、どうしてだろう、その言葉が乾いて聞こえるのは。

「……わたし、はーーー」

困惑に無言でいたらより指の輪が狭まったので、絞り出すようにどうにか名乗る。

「んー?知らない名前だな。おっと、悪い悪い、苦しかったか?人間持つのなんてはじめてなんだ。しっかし、やわらかくてぬるくて気持ちが悪いな」

言って、パッと手が離される。そう低くない高さから急に落下して、受け身も取れず地面へぶつかる別の痛みと、いきなり多く取り込んだ酸素に咽せてごほごほと咳き込めば生理的な涙がまなじりに滲む。

「それで?アンタはなんでそんな俺に親しげなワケよ。頭がイカれてる以外の理由があるなら教えてくれないか?」

屈んで曲げた足に肘をおき、頬杖をついた状態で親しげに話しかけてくるのに、わたしに興味なんてカケラもないみたいに聞こえて、未だ理解の追いつかない脳はくらくらと眩んだ。



自分と青い睛の彼のこと、オートボットについて知ってることを話せば「ハハ、マジかよ。真逆過ぎてウケるぜ」笑い声すらどこか空虚で、そこでようやくわたしは彼の声音にも言葉にも仕草にも、なんの感情も込められていないことに気づいた。まるで中身が空っぽのマネキンが人の真似をしているような薄気味悪さ。
そうして彼が真逆と言ったとおり、この世界ではオートボットが、わたしの世界でいうディセプティコンやテラーコンといった彼から話を聞いていた多種族の命を奪う事を厭わない存在なのだと知った。
知っても、どうしてそんな反転世界のようなところにわたしがいるのかは、彼にもわたしにも分からなくて。今さらふと、もしかしてわたしは彼に殺されるのだろうかと思ってけれど、彼はわたしが“ミラージュ”の恋人だという部分に何か琴線が触れたのか、もっと詳しく教えてくれよとねだるだけだった。
「俺以外に見つかれば殺されるコト間違いなしだからな!」そう見た目だけは朗らかに、明るい声でぞっとする台詞を言われてまだどうにか過ごせそうな廃屋に腰を落ち着けるなかで、彼が同胞を殺す殺す姿も見てしまった。それに恐怖よりも先に愕然とした。わたしは今までミラージュが戦ったり、暴力を振るったりするところを睛にしたことがなかったから、その残虐性はどこか鏡の向こう側のように現実味が薄かった。もしかしたらこころの防衛反応が働いたのかもしれない。
彼の戦い方は素人目にも自分の命すら大切ではないように思えて、人間も同胞も自分も、きっとすべからく同等に、手を握れば簡単にくしゃりと崩れる枯れ葉みたいに軽いような、そんな様子は嫌にわたしの胸をざわつかせた。彼の姿で、声で、そんな事をしないでと、ただただ苦しかった。
楽しげにお喋りをしながら、どうしてそんな酷いことができるんだろうと思うやり方で悲惨な死を迎えさせられた機体の、わたしの方へ転がってきた頭部からその青い輝きが消え失せるのをただ映す。
ガラクタのようにパーツとオイルの散らばるその中心で「あーー……」意味のない声を落とす赤いオプティックの虚に肌が粟立っていれば「おっ、なんだアンタいたのか」こちらに気づいて途端鮮やかさを取り戻す。そこにある喜色がホンモノみたいに見えて、そこで今頃込み上げた吐き気を、叫び出したい衝動と一緒にのみこんだ。

赤い睛の彼は、どうしてだかわたしによく青い睛の彼のことを聞きたがった。
その疑問を口にすれば彼は、まるで彼のように、わたしの好きな笑顔で嬉しそうに。

「アンタの“好き”な俺になれば、俺のコトもアンタは“好き”になってくれるんだろう?」

空っぽだからこそ、どこまでも無邪気に言う“ミラージュ”。いつからだろう、違うと思っているはずなのに“彼”と“彼”の境界線があやふやになってきたのは。その事実にわたしは睛の前が真っ暗になる心地だった。

2023/09/17
- ナノ -