「そこで俺は気づいちまったんだ、愛しいカノジョの誕生日をまだ祝ってないってな」
「ミラージュ達には誕生日ってないのか?」
「残念ながらそんな概念すら存在しない。そのおかげで気づくのに遅れたんだよ。しかも困った事にあのこの誕生日は半年前に終了してたんだぜ?」
「半年か、微妙だな」
「そ、過ぎたばっかでもちょっと先でもないこのビミョ〜なタイミング!しかーし、俺様ミラージュ様にかかればなんて事はない」
「何か妙案があるって?」
「そりゃあ、当然アレだ。“なんでもない日おめでとう”ってヤツさ」

人間ってのはホント面白い事考えるよな。そう続ければノアは「地球のサブカルに詳しいエイリアンには負けるよ」と肩をすくめた。
そこから話の本題であり大きな問題。プレゼントになにをあげればいいのか。金銭面はノアが以前やってた小銭稼ぎ、機器類の修理を俺が請け負わせてもらって問題ない。
色々映画を観たって俺は結局エイリアンなので、人間のオンナノコが何を喜ぶのかという地球の一般常識の知識が足りているとは思えなかった。そこで頼れる相棒の出番ってワケだ。
ノアは首を捻りながら「花とかお菓子とか、アクセサリーも鉄板だろうし、あとは普段身につけてるものとか、本人がこれいいなって言ってたものとか、ってとこじゃないか?」スラスラと回答をくれる。しかし「彼女に訊くのが一番はやいし確実だろうけど」身も蓋もないシメにそれじゃダメなんだと嘆く。

「サプライズだろ!こういう時は!」
「ああ、そういう。ミラージュ好きそうだもんなそういうの。でもさ、彼女の事だからなにプレゼントされても喜んでくれると思うけど」
「だからダメなんだよ!もう一声、もう一段階喜ばせたいワケよ俺は」

そう、いつだってやさしい、やさし過ぎるあのこは俺がなにをプレゼントしたって「ありがとうね、ミラージュ」ってふわふわした笑顔で喜んでくれるだろう事はブレインへ簡単に浮かぶ。
しかし折角のプレゼントなんだ。もっと特別な気持ちにさせてあげたいと思う俺のワガママにノアは「じゃあ、薔薇の花がやっぱり鉄板なんじゃないか?ありきたりだけど、貰う機会もそうないし特別なイメージってのはあると思うよ」そうアドバイスの結論を出した。
花。薔薇の花。確かに映画でも男女間でよく出てくるアイテムだ。
悩みはじめた俺にノアはしかし「あ」と最後に爆弾を投下していった。

「花言葉とか、一応気にした方がいいかもな。女の子って、そういうの詳しかったりするから」



花言葉。薔薇の花言葉。
忙しいノアに代わってクリスにも手伝ってもらって調べれば、それは出るわ出るわ。しかも本によって微妙に書いてある事が違ったりする。なんだコレ、いい加減だな?人間ってのはいろんなモノに意味をつけたがるいきものなんだとは思っていたが、星座占いとかと一緒で信じるヤツは気にするといったシロモノらしい。あのこがどうかは残念ながらサッパリ定かでない。
王道の赤、赤っていうと真っ先にディセプティコンのオプティックの色がチラつくから俺としては若干避けたい気持ちはあるが、そんな事はあのこには関係ないから保留。ウェディングドレスみたいな純白も悪くないし、淡いピンクなんかはあのこによく似合う色だ。
青はないのかと調べれば、存在しないようだった。開発は無理だろうという意味をこめて存在しないにも関わらずつけられた花言葉はそのまま、不可能。ある種ロマンチックともいえる。
とはいえ人間の発展は日進月歩、もしかすれば俺もあのこも生きている間に“不可能”は可能になるかもしれない。そんな可能性だって皆無じゃないんだと、そう思わせてくれるのが人間だと俺はもう知っている。いつかこの世界に花開いた青には、きっとうつくしい願いが込められるのだろう。
黄色はどうしたってマルハナバチの顔がチラつくから当然却下、とそこで視覚センサーが止まってしまう。
あまり見たくない言葉だと思ったからだ。あまりにも的確にスパークを嫌悪で射抜かれたからだ。そんなもの、幾らだっていだいているさ。
どうあがいたって俺は金属でできたオカタイ(物理的に)エイリアンで、あのこは脆く儚い有機物でできたーーまあ俺からしてみれば人間の方がエイリアンであるとかそういうのは抜きにしてーー人間といういきもので。たった百年でも生きれば長い方だという寿命にだって未だにブレインがクラクラする。とはいえこっちは宇宙を股にかけた戦争真っ只中、弱者は勿論強者だっていつおっ死ぬか分かったもんじゃないシビア過ぎる世界に身を置いてるんだ。
事実、先日だって死にかけた。実力云々よりも最早運のレベルだ。悪運は強い方なんだけどな、思っても人間の寿命が尽きるより先に俺があのこを置いて逝く可能性だって十分過ぎる程に有り得るんだから、まったく大概ままならない。
ライオンとトラの間にこどもはできても、俺たちの間にはどう逆立ちしたって無理だし、その問題は主に種ナシの俺にあるワケだから相応しくないのは俺の方なのだという負い目。
そんな俺があのこの貴重な一分一秒を奪っていいのか。その程度もう飽きる程考え尽くしたさ。
デート中でも、ちょっと道路沿いの店に飲み物を買いに立ち寄ったあのこが店員と楽しげに会話してるのを、路肩におとなしく停車したまま見ているだけで、いい知れない感覚がざわざわとスパークを騒つかせてやまない事は決して知られちゃいけない。あのこが誰でもなく、俺を選んでくれたからこそ、俺は幸福だけを喜びだけを愛おしさだけを、あのこにあげなければいけない。
いつかどちらかが先に死んだって、いつかあのこと離れ離れになったって、いつか俺が愛想を尽かされたって、俺と一緒にいた時間を後悔だけはさせないように。
“良い記憶”として残るように。
それが俺のしてやれるたった唯一の、ちっぽけな贈り物だ。
だから、やっぱ黄色だけはないな。

2023/09/17
- ナノ -