おそるおそる。緊張のせいか震える足を,交互に小さなプラスチック製の板に乗せていく。そう,体重計だ。やっと両足が乗ったところでまたもやおそるおそる遠慮がちに,体重計の上に表示されている数字を読み取った。

「いち…に…さん…よん…。」

…や,

「やった!4キロ痩せてる!」

思えば体重なんて一時は増えるだけのものだと思い込んでいたのに。減るという事に気がついたのは中学生2年生の頃であった。周りにいる女子が「2キロ減ってるー!」と嬉しそうに騒いでいるところを見てどれだけ驚いたことか。今となっては驚くという気持ちよりも妬みの方が大きいが。(妬みしかないと言ってもいい)そんな私は言わずもがな体重が減った,という経験は今まで生きてきた中で一度もなかったと断定できる。そう,私は痩せたのだ。これまでにこれほど嬉しかったことがあっただろうか。

取り敢えず,この喜びを誰かと共有したい。そわそわと携帯を起動させ電話帳の中から良い反応をくれそうな人物を探し出す。だがしかし,今まで関わってきた中で私のダイエット途中経過成功話に自分の事のように耳を傾けてくれるお人好しなんていやしないことに気がついてしまった。けれども,誰かに話したい!
その思いには勝てず,まあこの人ならという相手に電話をかけてみることにしたのだが。

「久々に電話をかけてきたと思ったら,そんな事ですか。どうでもいいですので早く3年前に貸してあげた本返してください。」

しかし,黒子テツヤは冷酷な男であった。

誰だ,黒子君がまあこの人ならまだマシな言葉をくれるのではないのだろうかと思った奴は。…私か。少し期待していたばかりに落ち込み度も少し大きかった。あと本のせつはどうも有難うございます。なくしちゃいました。

畜生,黒子君も黄瀬君も,どいつもこいつも私のことをコケにして。これは一層ダイエットを成功させなければいけませんな。時刻は午後8時。ジョギングウォーキング筋トレエトセトラ。終わったわけだが仕方がない。もう少しやってやろうじゃないか。

もうよれよれであるジャージの袖をきつく巻き上げ,前髪を上で縛る。

「打倒黄瀬ー…と黒子君ー!」

そう叫んだ言葉をスタートに,スクワットを開始した。



翌朝,いつにも増して体がだるく,ちょっとやりすぎたかなと後悔したものの痩せるためなら仕方ないという気持ちに昨日の体重計に体重の数値が映し出されたときの嬉しさがプラスして少しながら気分も上昇する。



「笠松先輩おはようございます。私,4キロ痩せたんですよ!」

登校中に先輩の姿を見つけダッシュで駆け寄り彼の前でくるりと一回転をきめてみせて,どうですかね,と聞くと小さく苦笑しながら他人事のように彼は呟いた。

「4キロ痩せたところで見た目は変わらないと思うがな。」

そう彼が発したところで自分の足が僅かながら蹴りを入れるために上がってしまっていたことに気付く。いけない,彼は先輩だわ。




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